2015年04月27日

酒呑み@

 酒呑みは酒を選ぶのではなく、呑む場所を選ぶ。高級な酒を飲む紳士でもないし、酒と肴のうんちくを語る通でもない。店の片隅で、2〜3のツマミで、ちびりちびり呑めればそれでいい。(1759)
posted by 矢島正見 at 10:58| 我流雑筆

2015年04月24日

ティーチングアシスタント(TA)

 調査実習のTAが、今年はいない。TAが不要というわけではない。人材がいないのだ。
 TAは社会学の大学院生から選出する。ところが、その院生がとうとういなくなってしまった。TAとともに行う年度初めの膨大な量の印刷を、今年度は私一人ですることになった。(1758)
posted by 矢島正見 at 13:46| 我流雑筆

2015年04月21日

新室員

 4月から社会学共同研究室に新しい室員が入ってきた。
 私のゼミ卒生である。
 性格が良く、頭脳明晰な美人である、ということにしておく。(1757)
posted by 矢島正見 at 12:36| 我流雑筆

2015年04月20日

3月の酒量報告(3月1日〜31日)

 酒量を日本酒に換算して、◎…3合以上、○…1合以上3合未満、△…1合未満、×…無飲酒。
 1日…○、2日…◎、3日…×、4日…○、5日…◎、6日…◎、7日…△、8日…○、9日…○、10日…○、11日…○、12日…◎、13日…○、14日…○、15日…○、16日…○、17日…◎、18日…○、19日…◎、20日…○、21日…◎、22日…○、23日…◎、24日…○、25日…○、26日…○、27日…○、28日…◎、29日…◎、30日…△、31日…◎。
 以上、◎…11日、○…17日、△…2日、×…1日。
 ◎を3点、○を2点、△を1点、×を0点としての、ひと月の合計点は69点であった。(1756)
posted by 矢島正見 at 11:07| 我流雑筆

3月のご報告(3月1日〜31日)

○学内活動…各種雑務。研究室会議。入試委員会。教授会、大学院会。ティーチングアシスタント報告書。教育科目履修生面接試験。佐々木先生送別会。兼任講師との懇談会。中央大学卒業式・卒業証書授与式、中央大学大学院卒業式・卒業証書授与式・懇親会。中央大学評議員会。2015年度学事報告(研究業績・教育業績・社会活動報告)作成・提出。2014年度基礎研究活動報告作成・提出。2015年度基礎研究活動計画作成・提出。
○学外活動…『犯罪心理学事典』校正。一般財団法人青少年問題研究会理事会、全体会、『青少年問題』編集会議。福祉法人恵友会評議員会。NPO法人ことぶき福祉作業所運営委員会。那須先生墓参り、「退職祝・北村先生を囲む会」。『犯罪に対する不安感等に関する調査研究―第5回調査報告書―』原稿校正。
○読む…吉村昭『わたしの流儀』。藤沢周平『周平独言』。
○書く…「日本における生活機能障害社会病理学の系譜」文献メモ作成。
○私的活動・出来事…永野歯科、タカオクリニック。広末氏財団来訪。こてつ泊。(1755)
posted by 矢島正見 at 11:06| 我流雑筆

2015年04月18日

新年度

 とうとう大学が始まった。
 昨年度と一昨年度は極めて忙しい年度であったが、今年はその2年間に比べればいくらか楽になりそうだ。
 今は年度初めでごたごたしているが、連休明けからは落ち着くと思われる。
 あと4年のお勤めである。(1754)
posted by 矢島正見 at 12:14| 我流雑筆

2015年04月11日

メモ作成3年目

 「生活機能障害社会病理学の系譜(仮)」という論文を、サバティカルの最後に書きだした。
 その後、もっと本格的に書くべきだと思い、文献を読んではメモを作成しだした。2年前の4月のことである。
 それから2年が経った。まだ、続いている。
 予定では、昨年の夏の終わり執筆完了であったのだが、一昨年・昨年と想定外の忙しさとなり、3年目に入った今でもメモ作成が続いている。
 メモだけで、400字詰め原稿用紙にすれば400枚ほどになりつつある。おそらく400枚は超えるだろう。
 論文は、多分(上)(中)(下)の三部作になると思う。夏前にメモ作成を完成させて、夏の間に(上)、今年度中に(中)、来年の夏までに(下)が完成すれば、と思っている。(1753)
posted by 矢島正見 at 10:49| 我流雑筆

2015年04月05日

戸田貞三(1887)

 小山 隆(1900)/増谷達之輔(1902)/磯村英一(1903)/那須宗一(1914)。
 この4名は、すべて東京帝大出身であり、すべて戸田門下生であり、そしてすべて一時期東洋大学社会学教員になっている。
 増谷達之輔は(一財)青少年問題研究会初代理事長であり、私は第四代理事長である(ちなみに、理事長の椅子は元は戸田貞三の椅子)。また私は那須宗一門下生である。
 つまり、「戸田貞三⇒増谷達之輔⇒矢島正見」「戸田貞三⇒那須宗一⇒矢島正見」という流れになっている。よって、私は戸田貞三の孫弟子ということになる。(1752)
posted by 矢島正見 at 15:21| 我流雑筆

2015年04月03日

官僚統制型大学

 戦後の大学はかなりいい加減であった。教員も学生も。にもかかわらず、こうした大学を出た人たちが戦後日本の社会を復興・発展させていった。
 今のような官僚統制型大学で、皆勤賞型学生を造りだして、果たしてどれほどの発展があるというのだろうか。
 ノーベル賞受賞者はきっちりと定められた勤務時間での研究から生まれたのではない。好きな時に好きなだけ研究したからこそである。これは裏返せば、好きな時に好きなだけサボった研究者も多数いた時代だったからである。
 今のような官僚統制型大学ではスケールの大きな研究者は出てこないのではないだろうか。少なくとも文系の研究者は。
 もっとも、文科省は理系を想定しての大学管理統制なので、文系はどうでもよいのかもしれないが。
 なお、私は15ほどの大学で非常勤講師の経験があるが、職員が官僚化した国公立T大学の職員と、経営者側からの職務命令(?)に忠実に教員を管理していた私立T大学の職員が一番たちが悪かった。(1751)
posted by 矢島正見 at 11:08| 我流雑筆