2014年10月30日

外見

 80歳に近いと思われるお年寄りの男。忌野教志郎、内田裕也バリのすごい服飾と髪型をしている。この人の歩んできた人生がほぼ推察し得る服飾・髪型である。
 人は外見によって判断してはならない、などと言われているが、外見は人を判断し得る多くの要素を持っている。外見で判断されたくない人は、なるべく目立たない服装をしていることだ。
 私は、よれよれの着古した服のドブネズミスタイル。外見では、「こんな歳になっても働かなくてはならない、みじめなおじいさん」であろう。おおよそ、あたっている。(1679)
posted by 矢島正見 at 10:25| 我流雑筆

2014年10月28日

戦勝国は反省しないA 我が国の戦勝概史

 明治維新の征韓論などは、徳川幕府を滅ぼした連中のおごりである。どんな理屈をつけようと、一方的に戦争を吹っかけようとしていたのだから。自分たちが西欧列強から侵略される危機を脱したら即、自分たちがその西欧列強の真似をし出した。まさに、おごり高ぶりである。
 その延長で日清戦争が起こる。ここでも成功する。戦勝国となる。戦勝国は反省しないという歴史的法則が貫徹する。まったくの反省がない。そして日本の繁栄構築のための次のステップを歩みだす。つまり、近代西欧帝国主義・植民地獲得主義侵略路線である。
 勝つ可能性の極めて低い日露戦争に突入である。満州の権益をすべてロシアに与えて、朝鮮半島の植民地支配を保障させる、という政治路線で行けば、対戦は免れたであろう。しかし、勝って反省しない国は、こうした譲歩路線・退却路線を政治選択出来ない。
 その日露戦争まで勝ってしまった日本が、その後反省するはずがない。太平洋戦争に突き進んでいったのは、日露戦争に勝ってしまったからであり、勝って反省しなかったからである。「おごるもの久しからず」。
 教訓。負けて反省するよりも勝って反省するほうが大事。(1678)
posted by 矢島正見 at 23:49| 我流雑筆

2014年10月26日

戦勝国は反省しない@ 第二次世界大戦戦勝国対立概史

 第二次世界大戦が終わると、敗戦国は過剰なほどに反省し自己批判し懺悔するのであるが、戦勝国は、そのようなことが全くない。よって、その後、おごり高ぶった戦勝国同士が覇権を競い合って対立する。
 第二次世界大戦では、勝組のアメリカと勝組のソビエトが世界の領土分捕り合戦を展開し、結果、ヨーロッパ諸国を二分割し、ドイツと朝鮮半島に二つの国をつくり、東南アジアやアフリカ、南米での勢力拡大闘争が出現した。こうして二極対立の冷戦時代を迎えた。
 その後、社会主義圏の崩壊により、言い換えれば、みんな同じに分け合うという考えよりも、獲得したものは獲得者のものという考えのほうが勝利を収め、アメリカ大強国とEU連合との一大勢力圏が成立するが、国力を増した中国がそれに対抗するようになり、没落したロシアが復活し始め、「アメリカ+EU」対「中国+ロシア」という対立構図が出来上がる。
 教訓。勝って反省しない国は負けて反省しない国よりも始末が悪い。(1677)
posted by 矢島正見 at 09:59| 我流雑筆

2014年10月24日

刺青

 最近、刺青を入れる若者が多くなってきているような気がする。私の子ども時代で、刺青をしている人と言えば、お年寄りとその道方面の人だけであったが、近頃はそうでもないようなのだ。軽い気持ちで遊びで彫る人がいるとのこと。掘るときの痛みも、今ではずいぶん軽くなったという。
 しかし、一度彫ったら、消えるものではない。どうしても彫りたいというのならば、全裸になっても人には見えない、尻の穴の周りにでも掘ることをお勧めする。(1676)
posted by 矢島正見 at 22:31| 我流雑筆

2014年10月20日

終了

 日本犯罪社会学会大会終了。これにて6年間続いた会長職引退。バンザーイ。すっきりさわやか。(1675)
posted by 矢島正見 at 11:31| 我流雑筆

9月の酒量報告(9月1日〜30日)

 酒量を日本酒に換算して、◎…3合以上、○…1合以上3合未満、△…1合未満、×…無飲酒。
 1日…○、2日…○、3日…○、4日…○、5日…○、6日…○、7日…○、8日…○、9日…◎、10日…○、11日…○、12日…◎、13日…○、14日…△、15日…○、16日…◎、17日…○、18日…◎、19日…○、20日…◎、21日…○、22日…△、23日…○、24日…○、25日…○、26日…○、27日…○、28日…○、29日…○、30日…○。
 以上、◎…5日、○…23日、△…2日、×…0日。
 ◎を3点、○を2点、△を1点、×を0点としての、ひと月の合計点は63点である。まあまあである。(1674)
posted by 矢島正見 at 11:30| 我流雑筆

9月のご報告(9月1日〜30日)

○活動@学内…授業⇒夏期矢島ゼミ恒例合宿・通称「地獄の合宿」・今年も5泊6日・15コマ分相当のゼミ。後期授業準備。授業再開。ゼミ生論文相談。情報環境整備委員会、教授会、大学院会。周卒論査読。面会。
○活動A学外…愛知大学集中講義。犯罪社会学会常任理事会。一般財団法人青少年問題研究会全体会。埼玉講演レジュメ作成。日海学術交流助成申請書作成。
○活動B採点…なし。
○読書…『犯罪心理学研究』(一論文読)、『15歳までの必修科目』『子ども社会学の現在』(一部読)、『昭和の刑事政策』『戦後少年犯罪史』『図説 非行問題の社会学』『日本の少年非行』。
○執筆…「戦後犯罪史」(『犯罪社会学事典』項目)。「大橋薫社会解体論」執筆中。
○私的活動・出来事…中西保土ヶ谷に。虎徹お泊り(1日)。タカオクリニック。(1673)
posted by 矢島正見 at 11:29| 我流雑筆

2014年10月12日

続「毒親」「毒母」

 ひと言申し述べておこう。
 「毒親(毒母)」も「家庭内暴力」も、「母子密着」「友達親子」「親密親子」の延長である。そしてその時代背景には「核家族化」と「子育ての母親専業化」がある。
 親と子の意識・感情・趣味が近似した時代の産物である。互いにべったりと寄り添って生きてきた結果である。友達同士が親密な関係性の中で窒息状態でありつつ離れられないという状況を創り上げているのと同じ時代感情で構成されている親子関係である。
 子の安全を確保し、子に食い物を与える、という役割に親が徹していた時代(ほんの60年前までのこと)と、親子関係が大きく変容したということである。もちろん、夫婦関係も大きく変容したが。
 これからは「毒祖母」などという言葉も出てくるかもしれない。(1672)
posted by 矢島正見 at 17:08| 我流雑筆

2014年10月10日

「毒親」「毒母」

 ネットで「毒親」「毒母」というものを見つけた。
 「子どもの人生を支配するように関わる親を扱った書籍や映画が話題となっている」とのこと。「「毒親」あるいは「毒母」と呼ばれる人たちのこと」だそうだ。特に危険なのは「母娘関係」らしい。
 これが「母息子関係」であるならば、20年以上前に「冬彦さん現象」があり、「気持ち悪い」と話題になったが、これが「母娘」だと、気持ち悪さが顕在化しないので、さらに悪化するのであろう。
 「母と娘の関係 危険度チェックリスト」(監修:臨床心理士 信田さよ子さん)というのがあった。想定としては「娘」は20歳代から30歳代前半、「母」は40歳代後半から60歳代前半であろう。
 このリストを見ると、やはり気持ち悪い。当然のことだが、男である私にはすべて当てはまらない。「娘向け」を「息子向け」に、「母向け」を「父向け」に換えても当てはまらない。
【娘向け】
□悩み事は友達や夫(恋人)より母に相談する
□家事や育児をしながら「母のようには完璧に出来ない」と落ち込む
□受験や就職は母のすすめに従った
□母からよく父の愚痴を聞かされた
□「母のような人生を送りたくない」という反発心がある
□母から食べ物や衣類などが定期的に送られてくる
□旅行に行くなら母とがいい
□母の誘いは断れない(食事や買い物など)
□母には私しかいないと思うとかわいそうになる
□電話やメールが母からだと分かると気が滅入る
【母向け】
□娘のことは私がいちばんよく分かっている
□夫よりも息子よりも、私の事を分かってくれるのは、娘
□娘のために多くの犠牲を払ってきた
□娘には仕事を通して自己実現してほしい
□娘も子どもを産めば私の苦労が分かるはず
□私がいないと娘は駄目になる
□私だって娘の時代に生まれていれば・・・と思う
□娘にはなんでも話せる
□娘といる時が一番ほっとできる
□毎日のように娘に電話やメールをするのは母として当然のこと(1671)
posted by 矢島正見 at 22:06| 我流雑筆

2014年10月07日

角瓶5リットル

 居酒屋で飲んでいて、目に留まった。留まって驚いた。すごいものを見てしまったと思った。業務用角瓶5リットルというものだ。焼酎の「大五郎」以上の大きさであった。あんなので、ハイボールをつくっているというわけだ。(1670)
posted by 矢島正見 at 13:31| 我流雑筆

2014年10月06日

香港の若者

 香港の若者ががんばっている。なかには高校生もいる。なかなかたいしたものである。(1669)
posted by 矢島正見 at 15:32| 我流雑筆

新幹線で出会った女

 新幹線内に40歳代後半と思われる女がいた。スタイル、服装そして態度。セレブと思われる実に印象の悪い女であった。(1668)
posted by 矢島正見 at 15:28| 我流雑筆

下関駅前

 下関駅前は、西口も東口も、人工的に都市計画的につくられた光景だ。おそらく昭和の末か平成の初期に計画され、つくられたのではないだろうか。味も臭いもない一画となっている。(1667)
posted by 矢島正見 at 15:26| 我流雑筆