2013年03月22日

続・史実小説

 小説の最後に、よく参考文献が提示されている。また、○○氏からの聞き取りということが書かれたりしている。ただし、これも学術論文での文献提示とは程遠い。こんな提示では論文として通用しない。と言うのも、いくらでもごまかせるからだ。
 そこで考えた。まったくのでたらめの史実小説を書いたらどうなのかと。提示した参考文献は、さもさもありそうでいて架空のもの。聞き取りもでたらめ、という偽史実小説である。
 論文であるならば、このようなことは許されるはずがない。しかし、小説はもともと作り物である。推理小説にしろ、SF小説にしろ、みなウソだ。ウソが許される。
 ウソとわかっていて読んでいる。ただし、史実小説は史実に基づいた作り物であり、読者はある記述箇所は事実と思いながら読んでいる。それをいわば「裏切る」ということだ。
 もちろん、専門家が読んだらたちどころにウソとわかる。しかし、普通の人にはわからない。
 たとえば、ごくごく初歩のウソ。
「元亀七年といえば、織田信長が明智光秀に討たれた年である。その本能寺の変の一年ほど前、つまり元亀六年六月のこと、光秀は細川幽斎とともに時の天皇、御二条天皇に謁見した。」
 なんて感じの書き出しである。ウソが三つあるが、そのウソがどれほど普通の人にわかるだろうか。おそらく、読み過ごしていくであろう。(1427)
posted by 矢島正見 at 21:55| 我流雑筆