2012年04月30日

『戦後日本青少年問題考』(その6)

「初出一覧」作成完了(編集主任作成)。「文献一覧」作成完了(編集主任作成)。「もくじ」作成完了(編集主任作成)。「初出一覧」と「文献一覧」そして「もくじ」の校正(原稿チェック)完了。これが意外と大量となった。
 これにてほぼ一件落着。あとは、初校、二校と表紙のデザインを決めるだけ。
 一つの大きな山を越えた。しかし、次の山がそびえている。5月末までに越えなくてはならない。『青少年問題』第648号の編集原案もつくらなければならない。(1304)
posted by 矢島正見 at 22:41| 我流雑筆

ジジのウンコ話F

 鯨さんのお腹の中に入ったジジババ馬牛鹿ウンコは、お腹の中をコロコロと転がっていき、鯨さんのお腹の中のウンコとぶつかりました。
 そして、もっともっと大きなジジババ馬牛鹿鯨ウンコになりました。(1303)
posted by 矢島正見 at 22:34| 我流雑筆

2012年04月26日

ジジのウンコ話E

 まんまるくって大きくなったジジババ馬牛鹿ウンコは、海に着きました。
 海には鯨さんがいました。鯨さんは大きな口を開けて、ジジババ馬牛鹿ウンコを食べてしまいました。(1302)
posted by 矢島正見 at 11:30| 我流雑筆

2012年04月24日

ジジのウンコ話D

 ジジババ馬牛ウンコはコロコロと転がっていきました。
 野原に鹿さんがいました。鹿さんが、ボトボトボトボトとウンコをしました。ジジババ馬牛ウンコはコロコロと転がって、鹿さんのウンコにぶつかりました。
 そして、ジジババ馬牛鹿ウンコになりました。(1301)
posted by 矢島正見 at 13:36| 我流雑筆

2012年04月23日

書き込み1300回

 「我流雑筆」への書き込みが1300回となった。たいしたものである。我ながら感心する。(1300)
posted by 矢島正見 at 12:48| 我流雑筆

ジジのウンコ話C

 ジジババ馬ウンコはコロコロと転がっていきました。
 野原に牛さんがいました。牛さんがボットンとウンコをしました。ジジババ馬ウンコはコロコロと転がって、牛さんのウンコにぶつかりました。
 そして、ジジババ馬牛ウンコになりました。(1299)
posted by 矢島正見 at 12:43| 我流雑筆

2012年04月22日

哲社25組同級会

 昭和45年度卒 中央大学文学部昼間部哲学科社会学専攻25組 第5回同級会が開催された。私は第3回と今回の2回出席。今回は18名と、かなりの参加であった。
 一人著名人がいて、二次会のカラオケで「知床旅情」を歌った。まあまあだったが、私のほうがうまい。(1298)
posted by 矢島正見 at 18:23| 我流雑筆

ジジのウンコ話B

 ジジババウンコはコロコロと転がっていきました。
 野原にお馬さんがいました。お馬さんが、ボットンとウンコをしました。ジジババウンコは、お馬さんのウンコにぶつかりました。
 そして、ジジババ馬ウンコになりました。(1297)
posted by 矢島正見 at 15:15| 我流雑筆

2012年04月20日

『戦後日本青少年問題考』(その5)

 第5部完成。原稿を編集主任に渡しました。
 第5部は「別稿 その1」から「別稿 その19」まで。また、「はしがき」と「あとがき」も編集主任に渡しました。
 これにて全て完了。ようやく、大きな山を超えることができました。2ヶ月かかりました。20日予定より遅れてしまいました。(1296)
posted by 矢島正見 at 11:57| 我流雑筆

ジジのウンコ話A

 ジジのウンコがコロコロと転がって、ババのウンコもコロコロと転がって、ジジウンコとババウンコがドッスンとぶつかって、ひとつのウンコになりました。
 ジジババウンコになりました。(1295)
posted by 矢島正見 at 11:32| 我流雑筆

2012年04月14日

ジジのウンコ話@

 むかしむかし、あるところに、ジジとババが住んでいました。
 ある日のこと、ジジは山に出かけて、大きなウンコをしました。そのウンコはコロコロと転がって行きました。
 ある日のこと、ババも山に出かけて、大きなウンコをしました。そして、そのウンコもコロコロと転がっていきました。(1294)
posted by 矢島正見 at 12:04| 我流雑筆

2012年04月11日

愛花、太陽、光陽、そして虎徹

 アイスクリームを食べ、いちごを食べ、ウッドデッキで愛花と虎徹がけんかし、4人で庭の竹にまたがり、竹を折って、夕食前、今度はジジが風呂に入れて、ババが服を着せたのだが、太陽は風呂に入らずにお昼寝。
 夕食後は、8畳の畳部屋に布団を敷いて6人でお休み。ここからが絶望的最悪の始まり。
4人ではしゃいで、虎徹はほぼ発狂状態のはしゃぎ様(「ギャーッ」という100ホーン・3秒間の雄叫び、1分間に約5回)、愛花は完全に発狂状態のはしゃぎ様(「ギャーッ」という120ホーン・3秒間の雄叫び、いや雌叫び、1分間に約8回)、かろうじて、子どもなりの可愛いはしゃぎは太陽と光陽(ジジのウンコの話を聞いてはしゃぐ程度)。
 1人が「おしっこ」と言えば、全員が起き出してトイレへ行き(虎徹はウンコ)、寝場所をぐるぐると変えて、4人ともババと一緒に寝たくって、ババにくっ付いて……。
 まず最初に眠ったのが愛花。あれだけはしゃげば眠るだろう。しばらくして、次に眠ったのが虎徹。はしゃぎ順である。そして光陽。お昼寝をした太陽が最後。
 夜の8時からお休みして、太陽が眠ったのは10時半だった。
 翌日の4月8日は、前の晩からすれば、実に穏やかなもの(といっても、かなりうるさい)。虎徹の見送りで、午後2時の電車に乗って、ジジとババと愛花と太陽と光陽の5人で、一路東武練馬へ。(1293)
posted by 矢島正見 at 01:33| 我流雑筆

2012年04月09日

愛花、太陽、光陽

 4月6日、ジジとババが東武練馬までお迎えに行きました。保育園に行き、愛花と太陽と光陽を連れて、横浜のジジ・ババのおうちに行きました。
 そこから、大波乱の48時間の始まりです。
 夕食がやっと終わり、ババが風呂に入れて、ジジが服を着せて、なかなか寝ないで、3人ではしゃいで、愛花がようやく眠って、太陽と光陽もやっと眠って、光陽が夜中に起きて泣き出して……。
 4月7日、午後、虎徹を保育園に迎えに行って、虎徹がジジ・ババのおうちに来て……。
 3人までは単なる最悪。4人になった途端、絶望的最悪。(1292)
posted by 矢島正見 at 11:49| 我流雑筆

2012年04月08日

3月の酒量報告

 酒量を日本酒に換算して、◎…3合以上、○…1合以上3合未満、△…1合未満、×…無飲酒。
 1日…◎、2日…◎、3日…◎、4日…△、5日…○、6日…×、7日…○、8日…○、9日…◎、10日…○、11日…○、12日…◎、13日…△、14日…○、15日…◎、16日…◎、17日…○、18日…○、19日…◎、20日…△、21日…○、22日…◎、23日…○、24日…○、25日…◎、26日…△、27日…◎、28日…△、29日…◎、30日…◎、31日…○。
 以上、◎…13日、○…12日、△…5日、×…1日。
 ◎を3点、○を2点、△を1点、×を0点としての、ひと月の合計点は68点である。(1291)
posted by 矢島正見 at 22:21| 我流雑筆

4月1日から

 4月1日からサバティカルとなりました。
 4月1日から「財団法人青少年問題研究会」は「一般財団法人青少年問題研究会」となりました。
 その財団事務所に、『戦後日本青少年問題考(第5部)』を書くために通っています。
 とまあ、ここまでは良かったのですが、4月6日から8日にかけて、大変なことになりました。(1290)
posted by 矢島正見 at 22:20| 我流雑筆