2011年09月01日

3月11日・その6

その時(地震時)、妻は御茶ノ水、長男は浜松町、娘は横浜にいた。妻と長男は一日中歩いて、夜中も歩いて、妻は川崎の知人の家に泊まり、長男は翌日に帰宅。
 娘は横浜だったが、保育園の栄養士なので、現場を離れることが出来ない。その娘が我が家に帰ってきたのは、夜中の11時半。若くかわいい女性(職場の同僚とのこと)とともに帰ってきた。
 その夜は、八畳の畳の部屋で、若い女性と娘と虎徹と私の四人で寝た。
 翌日の午前中に、妻が帰ってきた。
 成田エキスプレスはまだ停まったままだった。「でんちゃ、とまってるねー。おかちいねー」と虎徹はさらに不思議がる。そして、このことはかなり長い間覚えていた。(1189)
posted by 矢島正見 at 11:28| 我流雑筆

3月11日・その5

 虎徹の父・母(長男と義理の娘)からのメールも、「虎徹!!!」「虎徹!!!」。とにかく、我が家は虎徹中心に世界が動いているのである。
 外はもう真っ暗。腹が空いてきた。虎徹と二人で、残り物だとか、冷蔵庫にあるものだとか、倉庫にあるせんべいだとか食べた。
 整理がまだ残っているのは、二階の私の部屋と、一階の倉庫。
 再度、虎徹と共に片付けだした。まずは二階の私の部屋。うんさか・えんさかと、やりだしたが、虎徹は飽きてしまい、私もうんざり。もうここで限界。
 その後は、虎徹とテレビを見たり、遊んだりして(そのため、また散らかった)、夜も11時、ようやく虎徹が私の膝の中で眠った。(1188)
posted by 矢島正見 at 11:24| 我流雑筆

3月11日・その4

 二階では、トイレはほぼ無事。風呂場も難なく片付けられた。寝室も、床の間と鏡台が散らかっていたものの、他はほぼ無事。天窓のある部屋では、箪笥が落ち、散乱していたが、思っていた以上に、簡単に済んだ。クローゼットも散乱していたが、これも意外にすばやく片付けられた。
 虎徹も手伝ってくれた。せっかく片付けたのを「はい、ジージ」なんて持ってきたりして。三階も大した被害はなく、片付けは楽だった。(1187)
posted by 矢島正見 at 11:22| 我流雑筆

3月11日・その3

 ケータイをすっかり忘れていた。ケータイの電源を入れて見ると(日ごろ、私はケータイの電源を切っているので)、バーバ(妻)から、「虎徹の救出を頼む」というメールが入っていた。そこで、「虎徹救出既に無事完了」と返信した。
 一階で最大の難問は倉庫。片付けだしたが、全くはかどらない。床に膨大な物が落ちて積み重なっている。棚も数十センチ移動している。この頃から、余裕が出てきたのか、虎徹が一生懸命、ジージの作業を手伝いだした。途端に能率低下。
 途中でここはあきらめて、二階へ。(1186)
posted by 矢島正見 at 11:21| 我流雑筆