2011年08月17日

顔なじみ

 7日から12日までの6日間、仙台駅前で飲み続けた。一日およそ2軒、延べ14軒。複数で飲んだのは3日・3軒。したがって11軒は独り酒。3回も行けば顔なじみとなる。そんな店が2軒ほどできた。
 別に顔なじみになりたいと思っているわけではないし、顔なじみになろうなどと努力しているわけでもない。カウンターの隅に座り、他の客に迷惑にならないように、静かに飲んでいるだけ。マスターやママ(というよりは店のおじさんとおばさん)が声をかけてきた際に、ふたことみこと話すだけ。それでも何故か、この顔は印象に残るらしい。犯罪の出来ない顔だ。(1170)
posted by 矢島正見 at 15:04| 我流雑筆

仙台へ

 2月7日から13日まで、仙台入試監督に出かけた。仙台会場での前半の入試監督責任者という次第。
 業者がほとんど手際よく行っているので、また二人の中大職員が有能なので、実に楽な仕事であった。
 ただ、11日の夜から大雪となり、12日は一人の受験生が間に合わず、別室での受験となった。
 とにかく、アクシデントがない限り楽である。(1169)
posted by 矢島正見 at 15:02| 我流雑筆

2011年08月16日

1月の酒量報告

 酒量を日本酒に換算して、◎…3合以上、○…1合以上3合未満、△…1合未満、×…無飲酒。
 1日…◎、2日…○、3日…×、4日…△、5日…◎、6日…△、7日…○、8日…△、9日…◎、10日…×、11日…○、12日…◎、13日…○、14日…○、15日…◎、16日…×、17日…◎、18日…◎、19日…△、20日…○、21日…◎、22日…×、23日…○、24日…○、25日…◎、26日…◎、27日…◎、28日…○、29…◎、30日…△、31日…◎。
 以上、◎…13日、○…9日、△…5日、×…4日。
 12月に比べると、がぶ飲みの日は少なくなった。しかし、よく飲んでいる。超多忙の日々でも、飲む時間はあるのだ。と言うよりも、飲まないとこの多忙さは乗り切れないのだ。
 ところで、◎を3点、○を2点、△を1点、×を0点として、ひと月の合計点を換算すると、ほとんど60点から70点の間に収まる。つまり、毎年ほぼコンスタントに飲んでいるということだ。ちなみに1月は62点、12月は69点であった。(1168)
posted by 矢島正見 at 22:40| 我流雑筆

超多忙の山がまたまた来た

 23日から犯罪不安感調査報告書の作成に取り掛かる。これが実に大変なのである。
 しかし、これだけをしていればいい、なんて身分ではない。警察学友会議員選定委員会、ゼミ論集作成、(財)青少年問題研究会全体会、修士論文口述試験、卒業論文口述試験、日韓学術交流会助成申請書類作成、神奈川県児童福祉審議会環境部会開催、社会安全研究財団研究助成選考委員会、大学院入試採点・口述試験、大学院合否委員会、大学院教務委員会、等々、こうして1月も過ぎ、2月となった。しかし、犯罪不安感調査報告書の作成はまだまだ続く。(1167)
posted by 矢島正見 at 22:38| 我流雑筆

1月の後半

15日は院生の論文を2つ読み、16日は現代社会研究の試験の採点。その後は、『青少年問題』第643号の原案作成、学文社へ献本先一覧送付。大学では仙台入試打合せ、成績書提出、ゼミ選考会、等々。その他では、東大和市講演レジュメ作成、神奈川県児童福祉審議会環境部会打合せ、等々。にもかかわらず、海音寺潮五郎『覇者の条件』、『大学破綻』を読んでいる。我ながらたいしたものである。(1166)
posted by 矢島正見 at 22:34| 我流雑筆

あけまして……

 2011年の1月1日は息子、孫、姪っ子、その子などが集まって、昼間から一杯。しかし、3日からは仕事。卒業論文査読、修士論文査読および手直し。7日からはもう大学開始。一日中雑務。9日になってようやく再度新年の飲み会。
 1月10日(成人の日)の手帳には、このように書かれている。「『青少年問題』掲載原稿読」「神奈川県児童福祉審議会環境部会議事録校正」「大学院提出書類作成」「通信教育―レポート課題4題作成・課題採点基準作成・試験問題12問作成」「社会安全研究財団研究助成申請審査」となっている。忙しいはずである。
 その後、大学に行けば雑務に追われ、自宅では(財)社会安全研究財団研究助成申請審査が続く。(1165)
posted by 矢島正見 at 22:32| 我流雑筆

2011年3月11日11時10分

 2011年3月11日11時10分の記入で、プッツリと「我流雑筆」の書き込みが途絶えてしまいました。そのため、「3.11」の大震災に巻き込まれたのではないか、という噂まで出たようです。
 いたって元気でおります。ただ、絶望的に忙しかったのです。これから、少しずつ、書いていきます。
 2011年の2月23日に、新年のご挨拶をさせていただきました。遅ればせのご挨拶でした。したがって、今年の新年後からのことを書いていくことになります。途中で断念して、また「永の無沙汰」なんてことになるかもしれませんが。(1164)
posted by 矢島正見 at 22:29| 我流雑筆

2011年08月15日

国際犯罪学会第16回世界大会

 8月5日から9日まで、神戸にて国際犯罪学会第16回世界大会が開催された。
 私は4日に三宮に入り、10日に帰ってきた。
 いやー、実に疲れた。しかし、これにて一件落着。日本犯罪社会学会会長としての任務の大半は終了したことになる。また、少年非行防止対策日韓学術交流会会長もこれで終わり。
 今は、その前までの忙しさとは一変し、孫の愛花とうはうはしている。
 10日の帰宅後は、たまりにたまったメールの処理。不要なメールは削除し、残りのメールを拝読し、必要な場合は返信する。
 11日は、『青少年問題』掲載論文7本を読。12日は、院生の論文の査読をし、郵送。追試試験の採点と郵送。博士論文査読評メモ書き。世界大会シンポジウム評の送付。
 13日は愛花お嬢様のお泊り日。弟の太陽くんとお父さんと三人で来て、お泊り。14日はお父さんと太陽くんは帰ったが、愛花お嬢様はお泊り。そして本日15日もお泊り。愛花お嬢様にとっては最高の日々。バーバは大好きなとうもろこしやホットケーキをつくってくれるし、ジージはプールで遊んでくれるし。
 13、14、15日のこの時点までで、したことと言えば、この「我流雑筆」を書いたことと、献本されてきた変な本をほんの数頁読んだだけ。ただし、「我流雑筆」は30本書いた。(1163)
posted by 矢島正見 at 18:16| 我流雑筆

8月15日

 そう言えば、今日は8月15日。66回目の終戦日。
 また、議員たちが靖国に参拝したようだ。この日の靖国は第三者的に眺めると実に面白いのだが、未だに参拝問題が続いているのだから、うんざりする。
 私に言わせれば、敗戦を期に、国家も国民も、戦争は間違いであったということを認め、戦争で死んでいった人はその間違った戦争の犠牲者であると認めたわけだから、そうならば、あんなちんけな神社に祭ったこと自体が、国家と生き残った国民の欺瞞である。
 日本の古来からのやおよろずの神々を一堂に集め、広大な敷地を確保し(現在の皇居が最適)、そこに荘厳な建造物を造るべきであった。もちろん、戦犯を入れる前のことだ。(1162)
posted by 矢島正見 at 17:39| 我流雑筆

男の独り旅

「男の独り旅」
 もっとも、50年も前に、若い女が一人で旅館などに泊まったりしたら、「駆け落ち」か「自殺」と思われた。警察に通報となる。
 男の独り旅。近場で結構、ぶらっと出かけるのがいい。車輪付の大きなバッグをガラガラと引き、あっちに行ってはパチリと写し、こっちに来ては観光ガイドブックを読み、名物ものとなるとすぐに買い込む、そういうのはダメ。もちろん、なんかのイベントを見るために列に並ぶ、なんてのは最悪。
 身軽に、小さなバッグをひとつ、財布の中は100万程度、てのがいい。イメージは高倉健。もっとも私の場合のイメージは宇野重吉か。(1161)
posted by 矢島正見 at 17:34| 我流雑筆

女の独り旅

「女の独り旅」
 いいねえ、こういう女がいいね。友達数人と「わきあいあい」、傍から見れば「かしましい」旅はいけない。男と二人で、なんてのも風情がない。
 「京都 大原 三千院 恋に疲れた女が ひとり」なんてのもいけない。「恋に疲れる」なんざ、俗も俗、そんなものに疲れるな。
 浮世の汚れをきれいさっぱり洗い流す旅、てのがいいね。
 もっとも唐木順三に言わせると、中世までは「憂世」であったのが、江戸になり「浮世」になったとのこと。江戸時代になると人々も軽薄になっていったのだろう。(1160)
posted by 矢島正見 at 17:24| 我流雑筆

「癒し合いごっこ」

 「近頃のガキども」と書いたが、ネットでのおしゃべりは圧倒的に女が多い。特に女子中高生に多い。ただし、最近は30歳代・40歳代の女たちの多くも、ネットで「おしゃべりごっこ」「癒し合いごっこ」をしているとのこと。女っていう生き物のこれは生物学的な遺伝、そしてまた十数万年も前からの文化的遺伝なのであろう。
 「行く秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる ひとひらの雲」云々と、自然に季節に古い文化に心を癒す、という古来の方法は、今ではごく一部の人に受け継がれているだけなのか。(1159)
posted by 矢島正見 at 17:20| 我流雑筆

2011年08月14日

老舗

 この「矢島正見わーるど」は1999年12月20日からスタートした。11年と8ヶ月ほど前である。この頃は「ブログ」も「プロフ」も「ミクシー」も「ツイッター」もなかった。「ホームページ」という概念があっただけである。
 企業・団体ではホームページは当たり前になっていたが、個人で開設している人はまだ少なかった。そんなときからの開設である。いわば「老舗」である。たいしたことないが、それでも「老舗」である。
 近頃のガキどもの「おしゃべり」と心の「癒し合いごっこ」とは違う。誰が読んでも構わないが、「返信」は無用、むしろ「迷惑」。こんな感じでネットをやっていれば、「誰からも応答がない。ネットですら俺を無視してる」なんて、むかついたり惨めになったりすることはないのだが……。(1158)
posted by 矢島正見 at 15:07| 我流雑筆

164871

 久しぶりに「矢島正見わーるど」を開けてみたら、2011年8月13日12時35分の時点で、アクセス回数が「164871」番であった。
 2011年2月23日の「我流雑筆」で「163165」となっている。171日の間に「1706」回更新されていたわけだ。一日10回のアクセス。ありがたいことである。長い間申し訳ありませんでした。
 なお、ただ今、2011年8月14日15時00分の時点で、アクセス回数は「164878」番です。(1157)
posted by 矢島正見 at 15:00| 我流雑筆

問題解決

 パスワードが分かりました。昨日、「我流雑筆」を書き溜めたので、本日は、ウハウハと書き込めます。とにかく今は、愛花(最年少の愛人、まもなく4歳)もお昼寝中なので、最高にウハウハです。(1156)
posted by 矢島正見 at 14:47| 我流雑筆