2008年05月25日

漢想

 随分と昔のことである。私がまだ若く、オヤジが初老のことであった。
一杯飲んだオヤジが、何故か、本当に希なことであるが、というのもオヤジは典型的な無口男だったからだが、とにかくそのとき、「妙という字は女が少ないと書く。まさにその通りで、女が少なければ、これは妙である」なんてことを言った。
そのときに限っては、オヤジを見直した。本当にその通りである。「妙(みょう・たえ)」とは、女が少ないと書く。男が少なくても別にどってことない、むしろそれに越したことはない。ただし、女が少なくなっては、これは一大事だ。まさに「妙」である。
とにかく、女は少なくなってはいけない。そんなことになったら、時代の危機である。
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2008年05月24日

3勝1敗

 名人戦、羽生が勝利を収めて、3勝1敗とした。王手がかかった。楽しみである。
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2008年05月21日

修正

 「雑想」を「漢想」と替えた。このほうがぴったりする。また、「漢想
6」が2つあったので、それを修正した。結果、「漢想」は「10」まで書いたことになった。いま少し、書く予定でいる。
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2008年05月20日

漢想

 中国四川省の大地震の記事を読んでいたら「媽媽」という漢字に出会った。「ママ」と読んで、母のことである。おそらく、馬をマと発音するからだろう。
ちなみに男編に馬という字を探してみたがなかった。さらに、男編に牛という字も探してみたが、やはりなかった。
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2008年05月18日

漢想

 中国からの留学生が言うには、「偌」という漢字が中国にあるという。意味は接続詞的に用いられると言う。私が期待していたような意味ではないようだ。
「軇(トウ)」という字もみつかった。「身に壽」というのだから、なんだかワクワクするような漢字だ。これも漢和辞典にはない。
なお、「躰」は「体」の俗字とのこと。
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2008年05月15日

寒かった

 13日、14日と寒かったー。
昨日は、夜中、寒くて目が覚め、布団の中でがたがた震え、セーターをパジャマの上から着て、震えながら眠った。
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2008年05月13日

漢想

 「雑想6」で「からだ」が出てきたので、「からだ」という漢字についてもひと言。
「からだ」という漢字には「体」「躰」「身体」「軀」がある。
一般には「体」を用いるであろう。私もそうである。ただ、性的な意味合いで用いるときは「躰」にしている。「躰」のほうが何となくエロチックに思えるからである。
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2008年05月12日

漢想

 「惹く・惹かれる」という字は面白い。若い心と書く。若い心に惹かれるのは、ごもっともである。うなづける。
しかし、私としては、やや不満である。ズバリ「ひく・ひかれる」は、若い体もしくは肉にして欲しかった。
しかし、そんな漢字などないと思っていたら、「偌(ジャ)」という漢字があった。人偏に若いと書くのだから、ぴったり。びっくりした。
これは、パソコンの文字から見つけてきたのだ。ところが『新明解
漢和辞典』には載っていない。日本の漢字ではなく中国の漢字なのだろうか、もしくは古語なのか。
とにかく、この「偌(ジャ)」というのが、何を意味しているのかわからない。「こころをひきつける」という意味であるならば、すごいのだが。
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2008年05月10日

と、思ったのだが・・・

 「しなくてはならないことは何もない」なんて思ったのだが、間違いだった。やることは、やはりたくさんあった。
まずは、書評の書き直し。辛口すぎたので、やや甘口にした。
『青少年問題』(夏季号)の原稿が続々と来ている。それを読まなくてはならない。
また、『青少年問題』(秋季号)の企画を考えなくてはならない。「特集」は??、「巻頭論文」は??、「現場から見た青少年問題」は??、「自著を語る」は??、等々。
ゼミ生の論文まだ2点読んでいなかった。それも読まなくてはならない。
それ以外にも、埼玉県青少年健全育成審議会の打ち合わせ、神奈川県児童福祉審議会の打ち合わせ、インタビューへの対応。
これら全てを12日までに済ましておかなくてはならない。
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2008年05月06日

いい日である

 全て完了。今現在、しなくてはならないことは何もない。
献本された本を読むことくらいである。そして大学が始まったら、また大量の印刷をするくらいである。
13日か14日に、大量の書類が送られてくるはず。ここからまた忙しくなる。29日までのおよそ半月間で5センチほどの厚さのレポートを読まなくてはならない。
ほんのひと時の憩いの日である。本日は本当にさわやかないい日である。
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2008年05月04日

書評

 書評を頼まれた。以前、斜め読みしていた本である。500頁に及ぶ大作であり、よく出来ている。しかし、その当時から違和感を持っていた。
「パラダイム」という概念の使い方である。今回じっくりと読んでみて、やはり違和感を持った。
どうも納得できないので、久しぶりにクーンのパラダイム論を読んだ。20年ぶりか、いやもっとであろう。さらに、今田高俊と吉田民人の著書も再度読んだ。
これだけでも大変であった。「何で俺が今更また読まなくてはならないんだ」と嘆いた。
そして、書き出した。400字詰め原稿用紙10枚という制限なのに、22枚分になってしまった。それがたった今、ようやくできた。
これから半分に削らなくてはならない。さて、何処をどのように削ったらよいか。いや、「削る」なんて考えていると、とてもではないが、半分にならない。も一度「書き直す」という感じで、かかることにしよう。
妻が「飯が出来た」と騒いでいる。まずは、飯でも食うか。今日は黒澤は??!!。
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2008年05月03日

椿三十郎

 書評が思ってた以上に大変だ。4月末には終わるはずであったのが、未だに終わらない。(このことに関しては、後にここで書きたいと思っている。)
そんなクソ忙しいときに、私の大好きな映画を放映するとは、とんでもないことだ。
日本の映画史上、私の評価ではベスト3に入る『椿三十郎』。ついつい観てしまった。おかげで論文執筆の続きが出来なくなってしまった。ウイスキーをちびりちびりと飲みながらついつい最後まで見てしまった。なぜなら、この最後がまたいいのだ。
それにしてもすごい映画だ。ストーリー、場面展開、画面構成、演技、全て良い。『用心棒』をはるかに超える。
で、明日は早く起きて、とにかく書かなくてはならない。5日は子供たちや孫や仲間たちが我が家に集まる。
よって、明日の4日までに終わらせなくてはならない。
なお、本日は、ウッドデッキの掃除をこわーーーい女房にさせられた。そういうことも、私はしているのです。
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2008年05月02日

服の四季変遷

 一番寒い1月2月は、下はパンツ、厚手の股引、ズボン、厚めの靴下に、靴用のホカロン。上はコート、冬の背広、薄めのセーター(またはカーディガン)、シャツ、長袖の下着、半そでの下着。
3月は半そでの下着がなくなり、もちろんホカロンも不要。
4月はコートを脱ぎ、セーターがチョッキとなり、厚手の股引が薄手の半股引となり、靴下が厚手から普通のものになる。そして背広とズボンが冬用から春秋用となる。
5月。長袖の下着が半そでとなり、チョッキを脱ぐ。この季節が一番いい。(現在はこの状態。)
6月はほぼ同じだが、靴下が薄手のものとなる。
7月も半ばになると、背広とズボンが夏用になり、シャツが半そでとなる。下着の半そではランニングとなり、股引がステテコとなる。
9月からはまた順次元に戻っていく。以上、これが私の服の四季変遷である。
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