2008年04月30日

補足

 前回はかなり過激なことを書いた。ただし、その背景には次のようなことがある。
あの人から、こういうことを聞いた。
ある大学で、70歳定年制を65歳定年制に制度変更するという。65歳以降も勤めたい場合には、給料が今までの3分の1になるという。
これだけでもとんでもないことである。月給60万の人が20万になるということだ。
ところが、定年延長には一つの資格があるという。それは、これまでの外部資金獲得の実績である。ある一定の獲得実績がない限り、延長は認められない、というわけだ。給料が3分の1になったとしてもである。
この話、ある人から聞いただけなので、本当か否かは分からない。しかし、実にありそうなことである。今はなくても、これから続出する可能性大である。
その話を聞いて、「馬鹿な、そこまでするのであれば、全員65歳定年にしろ。外部資金獲得、つまり外から金を持ってきた教員であろうと、経営難であるなら、切り捨てろ」と、わめいたわけである。
そして、そのわめきの延長で、「文科省に踊らされる馬鹿」を書いたわけである。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2008年04月27日

名人戦

 日曜日の午前は、NHKの将棋早差戦を見る。ただし、今一番関心があるのは名人戦である。
森内と羽生、共に一勝一敗。二人ともファンだが、今回は羽生に勝たせてやりたい。名人位を取らせてやりたい。
森内は既に永世名人になっている。もし今回羽生が名人になると、通算5期名人となるので、永世名人が与えられる。
なんと言っても、将棋界の頂点は名人である。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

文科省に踊らされている馬鹿

 現在、23時45分。これから再度勉強するには、もう遅いし、しかもいささか酔いすぎている。そこで、我流雑筆を書くことにした。
今回は、私らしくなく、それなりに真面目な内容。がっかりしないで、読んでいただきたい。
近頃、科研費等の外部資金を持ってくる教員がやたらもてはやされている。こういうことに踊らされている連中に対して、露骨に「馬鹿」と言っているのだが、言われた馬鹿は一向に自分が馬鹿であることに気づかない。
「矢島さんのお笑い毒舌がまた始まった」と、落語のジョークのように思っているようだ。
考えていただきたい。戦後を代表する研究者(法学、経済学、政治学、文学、史学、社会学、教育学、心理学、等の研究者)で、文科省を初めとして、政府・自治体・民間から研究資金をもらって研究していた人がどれほどいたであろうか。おそらく、皆無であろう。
資金が問題になるのは、理工系の学問である。豊富な資金がなくては理工系は研究が出来ない。それ故、優秀な研究者に豊富な資金を提供することが、国家にとっては研究の成果を高めることになる。
ところが、その発想が文系にも当てはまるがごとく、当然のように語られ始めた。もちろん、文系であっても、大きなプロジェクトを組んでの研究では、それがグローバル的であろうがローカル的であろうが、資金は必要である。しかし、文系の研究者が一人で研究する分には、もしくは研究会方式で研究する分には、さほど資金はかかるものではない。年間、50万円ほどあれば事足りる。100万あれば十分である。そんな研究者に対してまで、外部資金調達実績で評価しようというのである。
にもかかわらず、文科省の官僚馬鹿が国家政策の必要上で煽り、それに同調する大学経営者馬鹿が大学生き残りで従い、さらにそれに操られて焦りだした研究者馬鹿が飛びつき、こうして出来上がった三重奏馬鹿トリオの結果現象が、正義であるかのように「外部資金獲得」を語り出したのである。
一歩、いや百歩譲って、科研費等の外部資金を取ってくるのは、まあ、良しとしよう。しかし、それらの大半はグループ研究である。代表が取ってくるのであり、メンバーは取ってきた実績にはならない(と思う)。しかし、代表に劣らず研究メンバーはその研究に貢献している。こうした人たちを全て無視しての外部資金獲得実績は、所詮「馬鹿」である。
私の研究領域では、最大のスポンサーは(財)社会安全研究財団である。ここではふんだんに研究助成を行っている。ただし、私はその助成を得ることはない。なぜならば、その助成の審査委員だからである。
さらに私の場合、そんな資金を持ってこなくても、毎年、否が応でも、調査研究の依頼が舞い込んでくる。これの代表として調査するだけで精一杯である。
文系の学者で、かつ大きな研究プロジェクトを組もうなんて考えていない学者であって、外部資金を血眼になって獲得しようなんてのは、他からのお呼びのない研究者である(いささか言いすぎだが、そのくらいに思っておいたほうが問題が明確化する)。そんな者を高く評価してどうするのか。やはり馬鹿である。
こうした様々な矛盾を無視して、理工系研究モデルをあてはめて、大学と研究者を序列化しようという文科省官僚姑息馬鹿に操られる、有名名門大学教員馬鹿は、私に言わせれば、哀れな絶望的馬鹿である。
もっとも、こういうことを書くやつが、一番の馬鹿、最大最高の糞馬鹿、というご意見の方もいることであろう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2008年04月26日

中大文学部教員年齢構成

 今年度の教員役職一覧が出来上がった。
毎年、私はこれが出るのを楽しみにしている。というのも、最後の頁に、教員の生年月日一覧があるからだ。これで私の年齢順位が分かる。
さて、中央大学文学部教員は97名いる。その中で私は34番目である。私より年寄りが33人もいるということだ。つまり、60歳以上のジジイ・ババアが全構成員の3分の1いるということになる。
ちなみに最年少は1975年2月生まれ。33歳ということだ。
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『昭和の子供は青洟をたらしていた』

 『昭和の子供は青洟をたらしていた』(講談社、1400円)という本を読んだ。著者は池田敏秀。と言っても、誰もご存じないであろう。資生堂執行役員を今年退職、と言っても、「そうですか」といったところであろう。
実は彼、私の中学時代の同級生である。一年間だけではあったが、仲が良かった。そんな彼が出した本。団塊の世代が、小学生・中学生だった頃の話である。実に楽しく読ませていただいた。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2008年04月20日

川柳・ひとつ

「花の命は
長くって
見苦しきことのみ
多かりき」(テレビを見ていて)
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2008年04月19日

漢想

 以前「若いという字は苦しい字に似てるわ」なんて唄が流行ったことがある。
この「若」という字、草かんむりに「右」と書く。おそらく右は左よりも下位にあたるので、右にしたのであろう。左大臣は右大臣より上である。
では、草かんむりに「左」という字はあるのだろうか。どうも、そういう字はないようである。
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2008年04月16日

印刷、印刷、さらに印刷

 講義の準備がようやく整いだした。
3年目に入った「社会調査」が、やっとまともになってきた。
ノートが80頁にまで及んだ。400字詰め原稿用紙で320枚である。箇条書き的に書いてあるので、まともな文章にすると、その2倍から3倍になるであろう。
リソート印刷が大変である。受講生が昨年は150名ほどであったのが、今年は何故か200名ほどになっている(まだ、受講生名簿が出来ていないので正確にはわからないが)。
そこで追加の印刷をしなくてはならなくなってしまった。学生配布用は50頁ほどである。210人分印刷するとして、10500枚印刷しなくてはならない。
社会調査実習では、受講生が120人ほどで、一人につき60枚ほどなので、7200枚となる。
さらに、社会問題で200人分、一人15枚として3000枚。
さらにさらに、後期に入って、現代社会研究で一人につき25枚として200人分、5000枚。
これに、演習や大学院、愛知大学での集中講義を加えると、一年間の印刷枚数は、計約3万枚となる。
そのうちの2万枚ほどを4月中に印刷する。まさに、4月は印刷の季節である。
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2008年04月13日

漢想

 「泣く」という言葉がある。「さんずい」に「立つ」と書いて、「泣」となる。涙が出るのだから、サンズイは分かる。
しかし、何故、立つのだろうか。何で、涙を流しながら立つのが「泣く」のだろうか。何故、涙を流しながらも立たなければいけないのだろうか。全く分からない。
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2008年04月11日

「占」の解答

 「雑想3」にて「占」の字を取り上げた。「占う」と「占める」では、同じ漢字なのに、随分と意味が異なる。不思議だ、と書いた。
その答えが判明した。ある権威筋によると、「占い」、その占いの結果、「占める」というのだそうだ。逆に言えば、どちらを占領するか・独占するか、というときに、占ってみて、決める、ということなのだ。占って占める、占めるために占うと、これで解決。
さすがに権威筋、大したものである。
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2008年04月10日

漢想

 「苦」という字もまた面白い。「苦(くる)しい」とも読むし、「苦(にが)い」とも読む。「くるしい」と「にがい」では、かなり意味合いが違うのに、同じ「苦」の字である。
また、何故、草かんむりに古いと「苦」なのだろう。
食べられる草であっても、古くなると食べられなくなり、それを無理して食べると、下痢・嘔吐で「苦しい」というのだろうか。また、たとえ食べられたとしても、古くなると「苦い」からであろうか。
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2008年04月06日

書き込み850回

 今回の書き込みで850回となった。およそ1ヶ月で10回の書き込み、10ヶ月で100回の書き込みペースが、ここ数年続いている。
本日は良い天気。明日からは崩れるそうだ。
書評と講義の準備、まだ出来ていない。にもかかわらず悪い癖で、ついつい小説を読んでしまう。一種の逃避行動である。
昨日は『三木助歳時記』(安藤鶴雄)を読んでしまった。所々に面白いところはあったが、全体としてはしまりのない、三木助という落語家の素晴らしさが描ききれていない、三流作品であった。
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2008年04月05日

酒乱

 酒を呑むのではなく、酒に呑まれると、この「酒乱」が出てくる。
といっても、良い酒乱もある。「笑い上戸」なんてのは良い。場が明るくなる。
「脱ぎ上戸」というのは、酔うとやたら脱ぎだすのだ。これは男では悪い酒乱だが、若い女の場合は良い酒乱である。しかも、この種の女性は躰に自信があるので、実に結構なことである。
「おしゃべり上戸」は、良い酒乱であるが、ただし、しつこくなると悪い酒乱となる。
「泣き上戸」というのは、決して良いとはいえないが、まあ、それでも許せる。ただし、これもひどくなると、愚痴がしつこくなり、悪い酒乱となる。ぐだぐだと何時までも泣いていると、嫌われる。男だと15分以上、女だと30分以上はダメである。
「えばり上戸」は、まず嫌われる。悪い酒乱である。10分以上えばったら、男でも女でもダメ。もっとも、若い女の場合、自分の躰をえばる分には可愛い。「いいおっぱいしてんだから」なんてえばられると楽しい。百聞は一見にしかず、見せてくれるのなら、「脱ぎ上戸」に変身する。
最悪なのが「からみ酒」である。酔うとからんでくる。ネチネチとからんでくる。反論すると大変。そのからみがさらに激しくなる。無視していると、怒り出し、やはり激しくからむ。いずれにせよ、その場を立ち去るか、その人と離れる、といった方法しかない。ところが、追いかけてくることがある。こうなると、もはやストーカーである。最悪の酒乱が、この「からみ酒」である。これはもう犯罪である。
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2008年04月02日

いろいろと

 中央大学評議員会が開催された。
(財)日本児童教育振興財団からの助成報告書を作成した。
ことぶき福祉作業所のおばさんが退職した。
中国の教え子が結婚して、新婚旅行に日本にやってきた。
歯医者に通いだした。
早期胃ガン検診診療所で検査を受けた。
神奈川県児童福祉審議会の総会が開かれた。
朝の9時30分から夕方の5時まで、矢島ゼミ集中新3年生第一回発表会を開いた。
いろいろあった。
雑務でそれなりに忙しかったが、そろそろまた地獄の忙しさに戻らなくてはならない時期に来てしまったようだ。
明日は、中央大学将来構想計画基本案でも作成するとしようか。
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肺結核の疑いなし

 昨年の大学での定期健康診断で、「両肺尖ブラ、右肺結核症の疑い」と診断されてしまった。まずは心配ないと思っていたが、やはり心配なかった。
本日、早期胃ガン検診協会での検査の結果が出た。両肺上部、特に右肺上部に肺機能不全の空洞が出来ている。これは前から指摘されていたことであり、これのことが「両肺尖ブラ」だとのこと。
私の場合、肺が機能している部分は全体の90パーセントだという。肺が片方なくても生活できるので、全く関係ないわけである。
ただし、タバコが原因なので、タバコを吸うと、これが拡大されていく危険性があるので、「タバコは吸わないように」とのことであった。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆