2007年09月28日

雲間の月

 昨日は中秋の名月であった。雲間から3度見た。一度は大学のキャンパスで、2度目は我が家の前で、三度目はウッドデッキで。
三度とも、雲のわずかな切れ目から姿を現わした月だった。雲間の月てのはいいね。芸術だ。
「月々に
月見る月は
多けれど
月見る月は
この月の月」。
ついでに、蛇足ながら。「処々処々に
処女見る処々は
多けれど
処女見る処々は
この処々の処女」。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2007年09月24日

人の苗字も

 「ニラレバ」か「レバニラ」か、「カレーライス」か「ライスカレー」か、というわけではないが、人の名前も、逆関係が多くある。
思いつくままに書いても、田中と中田、山中と中山、田島と島田、山下と下山、町田と田町、村田と田村、村上と上村、中村と村中、中里と里中、川上と上川、野村と村野、瀬川と川瀬、坂田と田坂、沢田と田沢、山本(山元)と本山(元山)、沼田と田沼、山田と田山、田河(田川)と河田(川田)、川谷と谷川、平川と川平と出てくる。
こういうのは漢字文化圏ならではのことであろうし、また漢字二字で苗字ができている日本ならではのことであろう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2007年09月21日

「ニラレバ」か「レバニラ」か

 麦島先生のお見舞いの帰り、「日高屋」があった。で、入ることにした。
350円の生ビール2杯と160円の餃子と490円のニラレバ炒めと、そして最後は半チャーハン(240円だったか?)で仕上げ。
ニラレバ炒めを食べたのは実に十数年ぶり。名前すら忘れて、「レバニラ炒め」と言ってしまった。
しかし、よくよく考えてみて、未だにどちが正しいのか分からない。「ニラレバ」か「レバニラ」か。「レバニラ」でもいいように思うのだが。やはり「ニラレバ」なのだろうか。いや…まてよ……?!〆♂♀¥£♭♯⇒⊇⊆∋∈……。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2007年09月19日

『10歳の放浪記』

 9月15日に「今日から、夏休み最後に残った論文の執筆に取り掛かる」と書いたのだが、いやはや、その後、他のいろいろなことをしてしまった。
15日は中大同僚の新原先生贈呈の『境界領域への旅』を読んでしまった。部分的に読んだものの、それでも読み応え十分。彼はやはり天才である。
日本社会病理学会の機関誌『現代の社会病理』22号(2007)が送られてきたので、15日から16日にかけて読んだ。
また16日は、埼玉県青少年健全育成審議会の議事録のチェック、「青少年育成推進プラン(案)」のチェック。
16日の夜(実際は既に17日)になって、ようやく論文執筆。夜中の4時まで書いていた。
17日は一日執筆。
18日は埼玉県青少年健全育成審議会。帰りにぶらりと居酒屋により、そこで読み始めた。そして帰ってからも夜中まで読んだ。上条さなえ『10歳の放浪記』。
上条氏は、私と同じ埼玉県青少年健全育成審議会委員、そして児童文学作家。いやー、実におもしろい、そしてすごい自伝小説である。ぜひともご一読をお勧めする(献本されたからではない。講談社、1333円+税)。『青少年問題』にも、近いうちぜひとも書いていただきたいと思っている。
そして今日は、早期胃ガン検診センターにて腹部CT検査と胃の内視鏡検査を受けてきた。
本日はやけに人が多く、9時15分に受付をしたにもかかわらず、全て終わったのが12時30分過ぎ。
昼食を食べて、コーヒーを飲んで、帰って来て、メールをチェックして、こうして書いている。今日は、一日中眠い。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

「明るい農村」

 18日の「ぶらりと居酒屋」のことをいま少し書く。
審議会が終わったのが4時20分頃。生活局長と課長と立ち話をして、1階に行き、トイレで大きいほうをして、ビルを出て浦和駅に向かう。
何となく小腹が空いていて、何となく疲れていたので、「日高屋」(ラーメンチェーン店)で、160円のギョーザをつまみに生ビールでも飲もうかと思ったのだが、日高屋がない。つぶれたようだ。そこで、以前審議会委員のメンバーと飲んだ居酒屋まで道を戻った。そこは5時少し前から空いているので。
軽く飲むつもりが、店の亭主が半年ほども前に一度寄っただけなのに私のことを覚えていてくれた。しかも、以前飲んだ焼酎まで。
で、芋焼酎「明るい農村」をロックで一杯と思っていたが、二杯となった。
「明るい農村」がいい。昭和20年代から30年代にかけての、まさに時代を映し出すキャッチコピーだ。
「農家の皆さんこんばんは
一日お仕事ご苦労さん
お疲れ直しのこの時間
ラジオの前まで
さあどうぞ」という歌がNHKから流れていた頃のキャッチコピーだ。
で、『10歳の放浪記』を読みながら、ついつい二杯飲んでしまった。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2007年09月17日

敬老の日

 本日は敬老の日である。
12日、富浦での合宿の帰り、千葉市原の実家に寄った。
八幡宿駅で妻と待ち合わせをして、兄貴に車で迎えに来てもらい、そのまま市原の特別養護老人ホームに向かった。ばーさんへの見舞いである。
ばーさんのボケは正月に会って、これほどまでに進んでいたかと驚いたが、それでも私のことも妻のことも認知できていた。
今回は残念ながら、分からなかった。私が誰なのか分からないのだ。
兄貴が「この人誰だか分かる ?」と尋ねたところ、「お父さん ?」と答えていた。死んだおやじと思ったのだろうか。そして最後まで、誰なのか分からなかったようである。
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2007年09月15日

 随分と秋らしくなってきた。
夜はステテコ一枚で寝ていたのだが、パジャマを着て寝るようになった。日暮れも早くなった。6時すぎると暗くなってくる。
13日は院生の調査計画・調査票を修正し、昨日は久しぶりに大学に行ってきた。
今日から、夏休み最後に残った論文の執筆に取り掛かる。既に構想はできているのだが、まもなく大学が始まる。それまでには絶対間に合わない。11月の白門祭終了日まで待ってくれるとありがたいのだが。
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2007年09月13日

ゼミ合宿

 7日から12日まで、5泊6日で千葉富浦にある中大の臨海寮でゼミ合宿をしていました。疲れました。
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2007年09月06日

その66〜その94

 今、9月6日、午前2時35分。「『青少年問題』の50年」がようやく終わった。
第25巻から第35巻まで、年代で言うと、昭和53年から63年まで。(その66)から(その94)まで、28本書いた。これで昭和は終わった。
正直言って、こんなにかかるとは思っていなかった。予想では20本だったのだが。
来年の夏は平成元年から平成10年までいきたい。再来年の夏は平成11年から平成21年、三年後の夏は別号(その1)から(その5)まで出して、これで終了。
そう願っている。
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2007年09月02日

犯罪心理学会

 日本犯罪心理学会大会で郡山まで行って来た。8月31日、9月1日、2日と。
やはりここでも『青少年問題』を販売した。職員の交通費を払えないので、私自身が販売するわけである。
大会開催委員長の生島先生がわざわざバイトの学生をつけてくれていた。さすが超一流の気配り・配慮である。
大会には中大心理の下田先生のところの院生や学部学生が数名来ていた。学部生がわざわざ郡山まで来るとは、たいしたものである。
なお、第一回の新人奨励賞は加藤君が受賞した。受賞の挨拶で、「矢島先生には格段の教えをいただき」云々と述べたので、その後、みなさん私の弟子と思ってしまったようだ。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆