2006年09月26日

徒然自分史(29)生まれる前C

 千葉は八街に移り、農業を始めた宇平次家族に三男坊が生まれた。ただし、二男は生まれてすぐに死んでしまったので、実質的には次男坊である。
寅年に生まれたので加藤清正にあやかって「清正」と名づけられた。これが私の父親である。
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2006年09月23日

タキさん

 八王子テレビで女装者のことを取り上げることになり、昨日、中大の広報課長やテレビのディレクターの方たちと、女装バー「DUO」に出かけていった。
ここは粒がそろっている。凛ママは残念ながらいなかったが、さつき前ママにやえにさやかに等々。
そんな中で、ひときわ輝くのがタキオーナー。と言っても美人というわけではないし、女装していない。
すごい貫禄なのだ。明るくって、豪傑で、それでいてすばらしい気配り。たいした人物である。
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2006年09月17日

徒然自分史(28)生まれる前B

 おやじの実家は、もともとは埼玉の在。それなりの田畑を持った百姓であったとか。5町歩の地主だったという。
明治末、長男が丁半ばくちで身を崩し、全ての田畑をばくちで取られ、どうしようもなく、長男を捨てて、両親は次男坊と共に開拓農民として千葉の富里に逃げるように移って行った、と言う。その次男坊がおやじの父親の宇平次である。
これはどうも本当の話のようだ。今でも長男の子孫は埼玉にいる。
なお、当時、銀座にも土地を持っていたという。さてさて、これは本当か否か。
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2006年09月16日

過去形

 行事があった場合、特にそのために家を24時間以上空ける場合、過去形で書くことにしている。
というのも、このホームページ、誰が読んでいるか分からない。それ故「不在」情報を与えることは危険である。そこで、過去形で語っているのである。
これでも、それなりに配慮しているのである。
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2006年09月14日

ゼミ合宿

 8日から昨日まで、5泊6日のゼミ合宿に行ってきた。恒例の地獄のゼミ合宿である。
今年度は29名の報告。つまり6日間で29コマ分をこなしたということである。
ゼミ合宿が終わると、いよいよ夏も終わりという感がするが、天候の具合で、今年は特にそうである。
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2006年09月06日

徒然自分史(27)生まれる前A

 江戸時代は、数学者関孝和の弟子であったという。だから、矢島家は代々「算数が得意」だと言う。
おじさん(父の兄)の話では、「数学」ではなく「算数」である。もっとも、子どもの私に言って聞かせた関係上、そうしたのかもしれない。
これもどうも眉唾物。ただし、矢島家の子どもたちが算数が得意なのは、当たっている。
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2006年09月01日

とうとう9月

 あっと言う間に9月になってしまいました。夜、庭からは虫の音が聞こえて来るようになりました。まもなく秋です。
あわただしい中で、今年の夏も終わりそうです。仕事と研究で、結局バカンスはゼロ。そんな夏がもう30年近く続いています。
私にとって余暇の時間が研究時間です。その余暇が取れればバンバンザイということです。
9月からは、ゼミ合宿や学会大会が続きます。大変ですが、睡眠時間と酒を飲む時間だけは確保していくつもりです。
とにかく、研究より酒、酒より睡眠です。
さて、105000回となりました。4ヶ月弱で5000回でした。ということは、11万回は今年の暮れか、もしかしたら新年ということでしょう。
「衰退」を書いたら、アクセス数が少し増えました。気配りとご協力、ありがとうございました。
私のホームページの常連さんがいかに心優しい人たちかよく分かります。
徒然自分史は、ご覧のとおり、「身体編」を終え、新しく「生い立ち編」となりました。ご期待ください。矢島の秘めた過去が明かされます。
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