2005年10月05日

財・青少年問題研究会A

 当時、理事長だった麦島氏から理事だった私に、財政事情が語られ、「理事長になっていただきたい、さもなければ財団を解散したい」と言われ、引き受けることにした。
幸いに、麦島氏の知人の知人である、経営のプロ平間氏の全面的な協力を得ることが出来、2001年6月、財団の再建が始まった。
2名の職員に辞めていただき、平間夫人、平間夫人の妹である船山さん、編集担当の曽我さんを採用し、理事長・矢島(編集担当)、常務理事・麦島(内閣府関係担当)、常務理事・平間(営業全般担当)、経理・平間夫人、庶務・船山、編集・曽我の5名でスタートした。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

財・青少年問題研究会B

 人件費、印刷費、家賃、等々、削れるところは、削れるだけ削り、その年、単年度では赤字を克服したものの、雑誌の売上部数は回復するどころか、ますます減少し、500万円の累積赤字をなくすのは、かなりの困難であった。
結局、辞めていった方二人の未払い給料数か月分を完全に支払ったのは3年目になってからである。もちろん、まだまだ累積赤字は残っていた。
4年目、3000万円のイベントを行うことにした。このイベントで1000万の収益を上げる、ということであったが、捕らぬ狸のなんとやら、集まった資金は1200万強。利益はあったものの、財政を潤すにはあまりにも少ない額であった。
そして今年の春を向かえる。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆