ヒロミという女の子がいた。私より1つか2つ上だったと思う。その女の子をよくいじめた。
ガキ大将(実は私の兄)の命令なので逆らうことはできなかった。「ヒロミをなぐって来い」という命令は絶対だったのだ。そこで、2〜3人のガキどもが、いじめに行ったのである。もっとも、当時はさほど罪悪感もなかったが。
2004年06月29日
告白(37)女Bヒロミ
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆
2004年06月28日
告白(36)女Aレイコ
最初の女、と言っても、記憶の最初にある同年齢の女ということだが、やはりそれはレイコであろう。
4人きょうだいで上3人は男の一番下。そのため、自分のことを「おれ」と言い、男に混じって立ちションをしたレイコである。
「可愛かった」という記憶はまったくない。そうであるならば、タイラちゃんの妹で一学年下の女の子の方が可愛かった。しかし、その子の名前は思い出せない。そしてレイコは覚えている。やはり最初の女はレイコである。
4人きょうだいで上3人は男の一番下。そのため、自分のことを「おれ」と言い、男に混じって立ちションをしたレイコである。
「可愛かった」という記憶はまったくない。そうであるならば、タイラちゃんの妹で一学年下の女の子の方が可愛かった。しかし、その子の名前は思い出せない。そしてレイコは覚えている。やはり最初の女はレイコである。
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2004年06月22日
2004年06月20日
2004年06月19日
告白(35)女@はじまり
告白シリーズもとうとう女編になった。かなりヤバイのではないだろうか。
愛人○○との一夜、人妻○○との赤裸々な関係、高校生○○との驚きの関係、教え子○○との熱い日々、等々、そして、アケミ、ヨウコ、ミサエ、サチコ、ユミ、リカ、等々、いったい何が飛び出すことか。
愛人○○との一夜、人妻○○との赤裸々な関係、高校生○○との驚きの関係、教え子○○との熱い日々、等々、そして、アケミ、ヨウコ、ミサエ、サチコ、ユミ、リカ、等々、いったい何が飛び出すことか。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆
2004年06月16日
2004年06月12日
2004年06月09日
告白(34)便所E
便所シリーズの最後として、我が家の便所のこと。このシリーズは実に「臭い」「汚い」シリーズになってしまったが、今回で終了。
我が家の便所。床に大便が落ちている、蛆が這っている、ということはなかったが、それでも「ボットン便所」は「ボットン便所」である。
春から夏にかけては、蛆が湧き出す。便尿の表面に無数の蛆がうごめきだす。そのため、週に1度は、クレゾール液をまかなくてはならない。
我が家の便所はかなり深かった。床から便壷まで3メートル近くある。汲み取り口から便壷まででも2メートル近い。
だから、もし落ちたら小学校低学年の子供くらいまでは、溺れ死ぬ危険性が大である。
私自身、その恐怖を味わいながら大便をしたし、おそらく我が子もそうだったと思う。床の前に取り付けた棒をしっかりと握りながら、したものである。
おかげで、私も息子たちも落ちることなく今日に至っている。
十数年前に水洗化した。そしてその頃では珍しく、ウォシュレットになった。悪夢の「ボットン便所」からの解放だった。
我が家の便所。床に大便が落ちている、蛆が這っている、ということはなかったが、それでも「ボットン便所」は「ボットン便所」である。
春から夏にかけては、蛆が湧き出す。便尿の表面に無数の蛆がうごめきだす。そのため、週に1度は、クレゾール液をまかなくてはならない。
我が家の便所はかなり深かった。床から便壷まで3メートル近くある。汲み取り口から便壷まででも2メートル近い。
だから、もし落ちたら小学校低学年の子供くらいまでは、溺れ死ぬ危険性が大である。
私自身、その恐怖を味わいながら大便をしたし、おそらく我が子もそうだったと思う。床の前に取り付けた棒をしっかりと握りながら、したものである。
おかげで、私も息子たちも落ちることなく今日に至っている。
十数年前に水洗化した。そしてその頃では珍しく、ウォシュレットになった。悪夢の「ボットン便所」からの解放だった。
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2004年06月07日
2004年06月05日
2004年06月02日
告白(32)便所C
20年前の中国のトイレもひどかった。
大便の場にドアがついていないのは当たり前。だからトイレに入ると、しゃがんで大便をしているのが丸見え。男のそんな姿を見ても「おえーッ」となるだけである。
「ワンフーチン」という日本の銀座に当たる北京の繁華街のトイレですら、こんな状態。まともに入れたのは一流ホテルのトイレくらいなものであった。
万里の長城のトイレは、数メートルの長さの一本の溝があるだけ。その溝をまたいで大便をするのだ。一本の溝を何人もの男がまたいで大便をしていた。したがって、前にいる男のしゃがんで大便をしている姿を見ながら、自らも後ろの男に見られながら、大便をすることになる。日本人には、到底できることではない。
白馬寺という有名な観光寺でのこと。現地の人にトイレを案内されたのだが、そこは寺の裏にあるただの空き地。その空き地には5メートルほどの正方形の囲いがあり、むしろで覆われている。トイレはここだと言う。むしろをめくってみると、中にはいたるところに大便の塊が。つまり、この中のどこかで、適当に野糞をしろ、ということなのだ。とたんに便意が喪失した。
今から20年前のことである。今の中国のトイレは不明。
大便の場にドアがついていないのは当たり前。だからトイレに入ると、しゃがんで大便をしているのが丸見え。男のそんな姿を見ても「おえーッ」となるだけである。
「ワンフーチン」という日本の銀座に当たる北京の繁華街のトイレですら、こんな状態。まともに入れたのは一流ホテルのトイレくらいなものであった。
万里の長城のトイレは、数メートルの長さの一本の溝があるだけ。その溝をまたいで大便をするのだ。一本の溝を何人もの男がまたいで大便をしていた。したがって、前にいる男のしゃがんで大便をしている姿を見ながら、自らも後ろの男に見られながら、大便をすることになる。日本人には、到底できることではない。
白馬寺という有名な観光寺でのこと。現地の人にトイレを案内されたのだが、そこは寺の裏にあるただの空き地。その空き地には5メートルほどの正方形の囲いがあり、むしろで覆われている。トイレはここだと言う。むしろをめくってみると、中にはいたるところに大便の塊が。つまり、この中のどこかで、適当に野糞をしろ、ということなのだ。とたんに便意が喪失した。
今から20年前のことである。今の中国のトイレは不明。
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