2004年01月27日

告白(13)家B

 6畳と3畳の二間、3畳分の台所に便所、縁側、玄関、それが我が家。6畳に親子5人が寝た。母親、父親、姉、私、兄と並んで寝た。母親は肺結核だったので、隣に寝ることは許されなかった。
電気、ガス、水道があったので、当時としては文化的である。その点はさすが横浜。ただし、まだかまどがあり、飯は薪で炊いていた。
当時の飯は随分と砂利が入っていた。米をとぐときに注意して砂利を除くのだが、一日ほぼ一回は砂利を噛んだものである。
しかし、それでも毎日白いお米が食べられたのだから、幸せである。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆