2003年07月04日

研究する人生(6)

 若手研究者の木本君からメールが届いた。「研究する人生」の表現は、「2ちゃんねる」から来ている、とのことである。
ということは、「研究する人生」の書き込み者と「2ちゃんねる」の書き込み者は重なる、ということであろう。「やはり」という感である。
さて、ここでの書き込み、あて字以上に問題なのは、表現である。とにかく独特の表現が共有されていて、特殊な言語文化を形成している。もちろんそれは「2ちゃんねる」にも、さらに他の書き込みにも通じる文化である。
理系・文系を問わず、ここに書き込む若手研究者達は、この言語文化にとっぷりと使っているようだ。少なくとも、こうした言語文化に違和感を持たず、独特の表現を自由に使いこなしている。
このことを私は恐ろしく感じる。きちんとした日本語を使いこなせた上でのことならよいのだが、そして現在の書き込み者はおそらくそうであろうと思われるが、まだきちんとした日本語が使いこなせないでいる中・高生のうちから、インターネット上のこうした言語文化にとっぷりと浸かってしまったら、おそらくまともな日本語は書けないであろう。ということは、まともな思考が出来ないということを意味する。
10年後が恐怖である。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆