2003年06月27日

研究する人生(4)

 「研究する人生」の書き込みは、慣れないと、実に読みづらいものである。その最大の理由は、当て字にある。
大学および大学関係の当て字が特に目立つ。例えば、「西北」「総計」「京王」「真ん中」「凶徒」「遅刻」「地底」「門下」「陰性」「助詞隠棲」「凶漢」「享受」である。
これが全て即座にお分かりの方は、「研究する人生」に書き込んでいる人達とほぼ同じレベルの精神状態にある人と断言できます。まったく判らないという方は、私以上にそうした精神状態からほど遠い人です。
さて皆さんはどれだけお分かりでしょうか。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2003年06月25日

研究する人生(3)

 「2ちゃんねる」にしろ「研究する人生」にしろ、レベルに差はあるとしても、結局、昔ならば、喫茶店や居酒屋などで、数人の仲間とやり合った放談・おしゃべりである。
放談やおしゃべりであるなら、その時・その場限りであるが、インターネットでの書き込みはそうはいかない。
この差は無限に大きい。ところが、書き込みをしている人達は、そこのところを本当に分かっているのか、かなり疑問である。
「匿名」という心地よさに酔いしれているように思えてならない。いや、麻痺しているように思えてならない。
氏名、所属明記であるならば、絶対に書かないようなことだらけである。
匿名という利点だけ大いに利用し、匿名という問題性は無視といった風潮が怖い。利点だけが先行し、それが当たり前のこと、自明のことと思っているところが怖い。
「研究する人生」で書き込む人の大半は、研究者の卵か若手研究者であろう。これからの学問を背負って立つ者達である。学問的には優秀な人達なのであろうが、どこかに精神的な麻痺が進行していると言わざるを得ない。
その点、自己のホームページを開設し、そこで自らの見解を展開している研究者(もちろん研究者だけではないが)は立派である。
石田仁君という、私の下で研究している若手の研究者がホームページで、かなり卑猥なこと(ということは、私以上ということ)を述べていたが、彼のほうが、「研究する人生」で、匿名という自己保身と無責任性をまといながら、言いたいことを言っている連中よりも、よほどまともである、と言いたい。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2003年06月23日

「研究する人生」

 「2チャンネル」を見たあと、「研究する人生」が気になり、そちらのほうも見てみた。
見た限りでは、何も書き込みはなされていないようだ。ただし、かなり膨大なスレッドがあり、しかも、見始めたばかり、よく見ていけば、何が出てくるか分からない。嫌なものをまた見てしまうかもしれないが、どうも気になり、ついつい見てしまう。
そして、見始めると、こういうのは病みつきとなり、やめられなくなってしまう。やることはどさりとあるのだが、今日もこのあと、見てしまうのではないかと思う。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

続・研究する人生

 結局、本日は、昼から夜まで、ずーと「研究する人生」を見てしまった。
これで3日間、延べ15〜6時間見たことになる。ざっとではあるが、ほぼ、「こんなものか」といった程度には見ることが出来た。
ひどい書き込みも多々あるが、総じて、「2チャンネル」の「社会学」スレッドに比べて、真面目であるし、レベルは高い。
30歳代の若手研究者で、大学院のオーバードクターや非常勤講師、専任講師といったところが、書き込みの中心と思われる。
総評としては、地方の大学の実状や、3流4流と言われている大学の実状が分かり、ためになる場合もそれなりにある、といったところか。ただし、問題もないわけではない。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2003年06月19日

憂鬱

 昨日、例の「2チャンネル」で、嫌な書き込みを見てしまった。見るのではなかったと、今では後悔している。
ある大学の先生がセクハラで訴えられて、退職したという書き込みだ。
その先生の名前が出ていた。私のよく知っている、実に立派な先生だ。私などと違って、本物の研究者である。
事実は全く分からないが、憂鬱である。教育社会学、犯罪社会学の大打撃である。そして、私など女の子といつもウハウハしている者にとっては、実に生きづらい時代である。
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2003年06月12日

33311

 現在のアクセス回数は33311。おそらく今日中に33333回をカウントすることであろう。果たしてどなたか?。
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2003年06月09日

米川茂信氏

 昨日の夜8時、自宅にて米川茂信氏が亡くなったという知らせを受けた。通夜、告別式の日程を含めて、詳しいことは現時点では不明。
米川氏は大学院時代の那須門下の先輩。30年以上のつき合いである。
現、淑徳大学教授、学長補佐、日本社会病理学会会長。
今年の1月に胃癌の手術をした。それからほぼ4ヶ月半。あっという間のことである。
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2003年06月06日

研究会(5)

 研究会シリーズの最後。少年法研究会。
昨年20周年を迎えた、伝統ある研究会である。
当時國學院大学教授であった澤登俊雄先生の呼びかけで発足。メンバーは途中から入ってきた者、辞めていった者、2〜3度顔を出した者等、全てを数えれば、数百名となる。
主だったメンバーは、澤登、横山、荒木、服部、酒井、高内、原田、梅澤、後藤、葛野、麦倉、上野、中條、そして矢島。
私は第2回目からのメンバー。長いこと幹事長をさせていただいて(させられて)いたが、そのうちさぼり気味となり、とうとう20周年を区切りとして、幹事長交代(クビ)となった。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2003年06月04日

本日は雨

 昨日は久しぶりに三遊亭竜楽独演会に妻と共に行ってきた。出し物は「死神」。残念ながら今までの中では一番出来が悪かった。
話がじっくり進んでいかないし、現代調にアレンジしすぎだし、レベルの低い客に迎合しすぎる。客が噺家を育てるというが、レベルの低い客は逆に噺家をダメにする。
さて、本日は雨。梅雨の走りなのか、しとしとぴっちゃん、と降っている。
そう言えば雨の歌は多い。歌詞の出だしに「雨」のつく歌でも、「雨雨降れふれ
母さんが」「雨が降ります
雨が降る」「雨は降る降る
城ヶ島の磯に」「雨の外苑
夜霧の渋谷」「雨が小粒の真珠なら」「雨垂れが落ちている
窓の外の軒端から」「雨が止んだら
お別れなのね」・・・多いですねえ。ちょっと思い出してみるだけで、これだけありますね。で、皆さん、歌えますか?。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2003年06月01日

横浜港開港記念日

 なんだかんだ言っている内に、今年も6月。昨日は埼玉県の北本市まで雨の中を行ってきた。北本市中央大学公開講座・5回シリーズの第一弾。疲れた。
さて、話は変わって。明日の2日は、横浜港の開港記念日である。
私が、小学3、4年生の時に開港100周年記念があったので、間もなく150年になるであろう。
ところで皆さんは横浜市歌をご存知か。最近は横浜市民でも、市歌を知らない人が多い。市民の一割も知ってはいないであろう。聞いたことがある人でも、歌える人は少ない。もちろん私は歌える。
この横浜市歌が、実は横浜港開港50周年記念歌であったことを知っている人はほとんどいない。市民の1パーセントもいないであろう。もちろん私は知っている。
開港100週年記念歌があったことを知っている人はさらに少ない。もちろん私は知っている。
その100周年記念歌を歌える人は、横浜市民であっても、めったにいるものではない。1000人といないのではないだろうか。その歌をもちろん私は歌えるのである。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆