2003年02月21日

日本犯罪社会学会の自分史(6)

 編集委員を2期6年。その最後の年、1981年の4月(32歳)から、私は大正大学の専任講師となった。
当時、大正大学に学会事務局があった関係で、私は学会の事務局長となり、庶務と会計の全てを担当することになったのである。
編集委員との掛け持ちで、しかも、その年は大正大学が大会開催校であり、三重の忙しさを強いられた。
庶務、会計、編集をほぼ一人で担当することなど、現在の学会体制では考えられないことであるが、当時はそんなものだったのである。
なりたての新米教員。しかも教える科目が「社会学史」「都市社会学」「社会統計学」と、私の全く苦手な分野。それをこなしながらの学会活動。いま思うによくこなしたと、我ながら感心する。
週に一回、現淑徳大学教授の下山先生に手伝いに来ていただき、二人でなんとか10月の大会までをしのいだ。
大会以降は、編集委員を降り、事務局長だけとなり、その後は順調に進んでいくこととなる。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆