2002年11月08日

続々・湯船のおなら

 ある人から投書が来た。あの都々逸は、「かわいそうだよ
ズボンのおなら
右と左に生き別れ」ではないか、ということだ。その通りで、これも正解。
私の都々逸のほとんどは柳家三亀松師匠のもの。師匠では、「湯船のおなら」だったのが、いつしか「ズボンのおなら」になっていた。
もっとも、師匠はズボンを履かない人(少なくとも高座では)だったので、「ズボンのおなら」とはならなかったのであろう。
この場合、まずはじめにパンツで生き別れになるであろう。スカートの場合は、その後再会できるであろうが、ズボンでは再会は望めない。
しかし、パンツにしろズボンにしろ、おならは左右に分かれないで、素通りしてしまうであろう。そこがズボンの場合の小さな弱点。
しかもズボンでは、明確に目で確認できない。ボコボコと前から後ろから出てくるおならの泡を見て、「ああ、かわいそうだ」と実感できない。そこが大きな弱点。
やはり、三亀松師匠の湯船のおならの方を秀としたい。なんか、都々逸評になってしまったが。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆