2002年10月07日

「病理」

 ずいぶんとご無沙汰してしまった。毎日のようにこの「我流雑感」を開けて見ている方は、「まだ書いてない」「いったい何をしているのだ」と、かなりご不満だったことと、お察しする。
さて、4日、5日、6日と、日本社会病理学会大会出席のため、仙台に行ってきた。これでもこの学会の庶務理事をしているのだ。
仙台の土産は、昨年までなら牛たんであったが、今年は長茄子にした。
ま、そんなことはどうでもよい。この学会、今年で第18回大会を迎えたのであるが、あまり評判がよくない。「病理」という言葉が気に障るということだ。
ボランティア活動等の活動家からの評判も、社会学の研究者からの評判もよくない。以前ならば、「社会問題」はマルクス主義からのアプローチ、「社会病理」はアメリカ社会学からのアプローチと、そういう言い訳もできたのだが、今はそうはいかない。
よって若手の研究者がほとんど入会しない。日本社会学会や関東社会学会には若手研究者がうようよしているというのに、当学会では、18年間に入会した若手は20人ほどではないだろうか。これは実に「病理」である。
お恥ずかしいことであるが、私の下で研究している大学院生も、当学会には入ろうとしない。学会に入っているなんて、他の若手研究者仲間に知られたならば、軽蔑されつき合いを断たれると危惧しているのではないかと、勘ぐってしまうほどに、入らない。
恩師が理事をしているというのに無視である。これも「病理」か。さらに、「恩師」なんて言葉を使っていることも「病理」か。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆