2002年07月19日

スポーツについて(14)サッカー@

 とうとう「スポーツについて」の最後、サッカー。
サッカーファンになったのは、あの「ドーハの悲劇」以来。それまではほとんど見なかった。したがって、ずぶの素人の、素人であるが故の、ある種の的を得た批判ができると自分では思っている。
サッカーをある程度分かってくると、かえって鈍感になる、と思っている。
さて、ワールドカップでは審判のことがずいぶん問題になったが、Jリーグが始まったときから、サッカーでは、この審判のことが問題だな、と思っていた。
審判がたった一人で、走り回って、微妙な判定を瞬時に下さなくてはならないというシステムは、かなり古い時代のものと言わざるを得ない。
今回の審判の問題では、機械の導入が提示されていた。今では瞬時に、場面を再生できる。ビデオを十数カ所に設置しておけば、どの確度のものが最も判定し得るか、コンピューターがはじき出してくれる。
審判センターにて、複数の審判が数秒のうちに判定し得るし、すぐにフィールドに伝達・表示し得る。その間十秒とかからないであろう。
レッドカード、ゴールの判定、PK、といった試合を決定するような判定については、すぐさま新版はセンターに判定の指示を仰げばそれでよい。自ら判定するのではなく、審判センターに判定するように指示すればよいのである。
こうすれば、流れを妨げることはない。電光掲示板に今のプレイの判定がたちどころに表示され、試合続行となる。むしろ、現状の抗議の時間の方が長いくらいである。
こうした改革に対して、「通」の人ほど反対しているように思える。相撲のビデオ導入の時もそうであった。素人は導入賛成、玄人は反対であったが、いざ導入してみれば、絶対的に導入した方が良かった、となった。
「人間である限り判定は間違える」という論法が、この審判の問題では、良く出されていた。裁判の間違いで私が同じことを言っても誰も耳を傾けないのに、ここではこの論法がまかり通っていた。サッカーの判定は裁判の判決よりもいい加減でよいということらしい。サッカーで戦争まで起こっているのだが。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆