2002年03月30日

復帰の記(2)

 田村雅幸氏のお別れの会に行ってきた。浦和まで行き、無事帰ってきた。挨拶もきちんと立って聞き、その後も親しい人達と歓談した。まずは順調である。
ただし、酒はダメ。また、食事制限があり、食べるモノがほとんど無い。ウーロン茶を飲みながら、フルーツを食べ、チーズケーキを食べた。4ヶ月前までは考えられないことであった。
あとひと月すれば、かなり食事は自由になる。刺身類も野菜類も海草類も練り物類も貝類も徐々にではあるが食べられる。酒も少しならよい。こうなるとやはり生き甲斐は快食である。
かなりの回復だが、相変わらず腹に力が入らず、声が弱い。以前ならば、300人ほど入る部屋でも、90分間マイク無しで話す自信があったが、今はもうダメである。
落語家も、若い頃は活きが良く、声に張りと艶があり、トントンッと威勢良く話を運べるのだが、年をとるとそうはいかなくなる。話し方を変えなくてはならない。それが枯れるということなのであろう。
教師も同じである。もはや、活きの良い講義はできそうにない。少なくとも今年1年は無理だ。グッと押さえての講義にならざるを得ない。さて、どうするかである。以前の講義とは違った味が出せるか否か。
現在、外出には杖をついていく。これが思わぬ効能を呼ぶ。既に3回、席を譲られた。全て20代の若い女性からである。いやいや、若い女性もなかなか立派である。見直している。
しかし、それ以外の例が今のところ無い。3回と回数も少ないが、若い男は何をしておるのか。
なお、私が中年のいい男だから若い女性が席を譲ったのかなーと思いたいが、そう思うにはやはり無理がある。たぶん、惨めな中年に見えたのであろう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆