2002年03月31日

履修者の皆さんへ

 今年度私の科目を履修しようと思っている中央大学学部学生の皆さんへ。
前期の社会問題は、昨年とまったく異なり、きわめてオーソドックスな講義内容となります。社会問題の基本を講義します。
後期の現代社会研究は、昨年と同様、『女性同性愛者のライフヒストリー』をテキストに用いて、かなりきわどい講義をします。これは、昨年度の「社会問題」を受講した学生にとっては、その継続となります。ただし、昨年度「社会問題」をとっていなくても、何ら差し障りありません。
社会学史は、今年度は私ではありません。よって、昨年度単位を落とした学生は最初からやり直しと思っていたほうがよいでしょう。

ゼミは昨年同様のやり方にしようと思っています。
以上ですが、詳しいことは講義要項をご覧下さい。

なお、既にこのホームページを見ている人はご存知のことですが、つい最近大きな手術をしました。それで今年1年間は無理ができません。よって、今までのような精力的な講義は無理かもしれません。あしからず。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月30日

復帰の記(2)

 田村雅幸氏のお別れの会に行ってきた。浦和まで行き、無事帰ってきた。挨拶もきちんと立って聞き、その後も親しい人達と歓談した。まずは順調である。
ただし、酒はダメ。また、食事制限があり、食べるモノがほとんど無い。ウーロン茶を飲みながら、フルーツを食べ、チーズケーキを食べた。4ヶ月前までは考えられないことであった。
あとひと月すれば、かなり食事は自由になる。刺身類も野菜類も海草類も練り物類も貝類も徐々にではあるが食べられる。酒も少しならよい。こうなるとやはり生き甲斐は快食である。
かなりの回復だが、相変わらず腹に力が入らず、声が弱い。以前ならば、300人ほど入る部屋でも、90分間マイク無しで話す自信があったが、今はもうダメである。
落語家も、若い頃は活きが良く、声に張りと艶があり、トントンッと威勢良く話を運べるのだが、年をとるとそうはいかなくなる。話し方を変えなくてはならない。それが枯れるということなのであろう。
教師も同じである。もはや、活きの良い講義はできそうにない。少なくとも今年1年は無理だ。グッと押さえての講義にならざるを得ない。さて、どうするかである。以前の講義とは違った味が出せるか否か。
現在、外出には杖をついていく。これが思わぬ効能を呼ぶ。既に3回、席を譲られた。全て20代の若い女性からである。いやいや、若い女性もなかなか立派である。見直している。
しかし、それ以外の例が今のところ無い。3回と回数も少ないが、若い男は何をしておるのか。
なお、私が中年のいい男だから若い女性が席を譲ったのかなーと思いたいが、そう思うにはやはり無理がある。たぶん、惨めな中年に見えたのであろう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月24日

復帰の記(1)

 昨日、第4回GID研究会出席のために、岡山まで行って来た。
特別講演を頼まれ、一度は断ろうと思ったのだが、術後2ヶ月、社会復帰の第1号にしてみようと思い、そのまま、断らずにいた。
ただ、退院が思っていた以上に遅れ、退院後1ヶ月弱だったので、やや心配だったし、女房は私以上に心配した。
はじめは岡山まで一緒に行くと言っていたが、結局、新横浜まで送ってもらうことにした。
新幹線のぞみのグリーン車で、日帰り。「のぞみ」に乗ったのも、新幹線でグリーン車を利用したのも初めてのこと。幸い、会場は岡山駅のすぐ近くだったので、講演をしてすぐ帰るという、まさにとんぼ返りであった。
講演の内容はともかくとして、何の問題も起こらず、無事終了した。1時間の講演の間も立ち続けていたし、大して疲れも感じなかった。
社会復帰第1号大成功と思ったのだが、風呂に入ったら、かなりひどい立ちくらみになった。その後風呂場で数度、立ちくらみを味わった。さらに、体重を量ったところ、0.5s減って、54.5s。
意識では完全復帰と思っていたが、躰はそうはいかなかったようだ。「まずは成功、ただし黄信号」といったところである。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月21日

清く正しく美しく

 ある福祉作業所の3人の女性のモットーは「清く正しく美しく」だという。そして、私も病後は、清く正しく美しくをモットーに生きていくようにすすめられた。
しかし、考えてみると、これは大変難しいことである。
「清く」など、無理である。私の何処に清らかさがあるのだろうか。汚いだけの存在、汚物そのものの存在のような人間である。中原中也の詩に「汚れちまった悲しみは」というのがあるが、私の場合、悲しみどころか、喜怒哀楽の全てが汚れちまっている。
「正しく」、これも大変だ。心も正しくないし、姿勢も正しくない。ただし、「正見」と、名前は正しい。
「美しく」、これは最悪。もし美しかったら今の人生はない。基本的に、怠け者のドンファンである。にもかかわらず、美しくなかったので、怠け者にもドンファンにもならなかった(なれなかった)。
美しかったら、今頃は、スケコマシの末路の人生を送っていたであろう。なにしろ、大学生時代、将来の就職は、銀座の一流クラブのママのヒモになりたかったのだから。
さて、上記3人の女性。「清く」は全員合格、「正しく」も全員合格、「美しく」も、心なら全員合格、しかし、躰となると・・・なんて思わなくもない。
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続・清く正しく美しく

 追加。
かつて、高峰秀子主演の『清く貧しく美しく』という映画があった。大変ヒットしたので、50以上の人だったら憶えていることと思う。
「清く正しく美しく」は、もちろんこのタイトルをもじっている。
さて、大学に入り、クラスの自己紹介の時、私は「18年間、清く貧しく美しく生きてきました。これからは少し汚れようと思っています」と自己紹介した。
その後の人生、気づいたら、ちょっと汚れすぎてしまったようだ。
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2002年03月17日

闘病記(16)

 今回をもってこの「闘病記」は、しばらくお休みとさせていただく。書きたいことはほぼ書いたということだ。今回は、今までに書き残したことを書く。
入院する前の体重は64sであった。入院後の体重が63s、手術前は62s。手術後10日目の体重は57s、退院前の体重も57s。退院後の現在の体重は55s。結局、9sの体重減。15年前の体重に戻った。
胸も、腹も、尻も、脚も、ずいぶんやせた。おそらく、中性脂肪も、コレステロールも、尿酸値も、かなり下がったことであろう。
もう十数年共に生きてきた水虫が無くなった。入院する以前からほぼ完治していたのだが、入院して、退院して、今現在、完全に消滅したと言えよう。おかしなことに、どんな水虫の薬でも治らなかったのが、オロナイン軟膏を付けたら治った。水虫ではなかったのかもしれない。
4月以降の仕事についてだが、一つ書き忘れたことがある。それは、1年間は論文を書かない、ということである。論文の執筆が一番ストレスとなる。ストレスの二番目は、将来構想等といった、大学運営の構想案をまとめ上げることだ。
学部の講義やゼミの指導は、これらに比べれば楽だ。いや、楽ではないが、楽しみがある。気の合った学生達とウハウハ戯れているのは、教師冥利に尽きるというものだ。ただし、気の合った学生のみである。
もし私が学生の前で屁をたれたら、これは気の合った証拠である。そんなときは喜んでいただきたい。ただし、臭いぞ。
もちろん私のことを愛してやまない学生は、大いに屁をたれて結構。その場合は、どんなに臭くても我慢する。
お互いに臭い仲、なんちゃって(かなりレベルの低い駄洒落)。
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2002年03月16日

闘病記(15)

 4月以降の仕事について。
4月からいよいよ社会復帰。学部での授業は、社会問題(前期)、現代社会研究(後期)、社会学演習の2コマにしていただいた。卒論指導を入れても3コマである。
昨年の秋に研究室会議で決めたときは、その他に、社会学史、基礎演習(1)、社会学調査実習の3コマがあった。これらを急遽外してくれたわけだ。社会学研究室の同僚先生には深く感謝する次第である。
大学院は3コマ。計5コマ、卒論指導を入れても計6コマである。ただし、夏期に法学部の通信教育で、社会学の集中講義が1週間ある。朝の1限からで、これはしんどくなりそうだ。
大学での雑用も全て外していただいた。その分を他の先生が負担しているわけであり、これも感謝感謝である。
非常勤は、大妻女子大と駒沢大学に行く予定であったが、急遽キャンセル。駒沢では、今年度休講にして、来年私のために開けておくとのこと。これも実に申し訳ない。
法務省矯正局の矯正研修所での講師は、おそらく引き受けることになろう。また、法務省保護局の保護監察官研修の講師も引き受けることになろう。
財団法人青少年問題研究会の理事長は辞められないので、続行。月曜日に顔を出し、月刊誌『青少年問題』の編集長の役だけはすることにしている。
他に、福祉法人恵友会(精神障害者地域グループホーム)の評議員、グループホーム・リバーサイドハイツの運営委員、ことぶき福祉作業所(身体障害者地域作業所)の運営委員、保土ヶ谷区子供会育成車連絡協議会の専門委員の4つは、さほど責任もないし、忙しくもないので継続。
日本犯罪社会学会研究委員会委員長は実質休職(荒木先生・細井先生、お願いします)、日本社会病理学会庶務理事も実質休職(米川先生・時井先生、お願いします)、同講座企画委員兼第V巻編集委員・序章執筆は辞退(松下先生・高原先生・森田先生・井出先生、お願いします)。
少年法研究会の幹事は辞任する(横山先生・梅澤先生、後を頼みます)。
警察庁少年課の青少年と環境に関する調査研究会は、ぼちぼち始める。(ただし、耳塚先生に中心になっていただく。)非行少年のライフコース調査研究会もぼちぼち始める。(ただし、もちろん中心は原田先生。)
「戦後日本<トランスジェンダー>社会史研究会」は、名前だけとし、実質的には、杉浦と石田、そして三橋さんに任せる。
宴会やパーティの出席はできるだけ控える。もちろん私主催の宴会はしない。
こんなところである。なお、家族サービスはしない。逆にサービスしてもらう。学生サービスもしない。逆にサービスしてもらいたいが、そんな優しい学生が果たしているかどうか。
今年度前期の活動は、今までの活動を100として、50ほどにする。後期は60ほどにする。そして3日間の完全休養日を持つ。2年目と3年目は70とし、2日間の完全休養日。4年目5年目は80とし、やはり2日間の完全休養。腹八分目、仕事も八分目、である。
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2002年03月15日

闘病記(14)

 健康管理に何をしているのか。
飲食に関しては、(13)で書いたことをきちんと守っている。さらに、飲用水は妻の兄貴製造販売の「波動水」、米は我が家で精米した三分づき、そして自家製のヨーグルトに自家製の梅干し。
毎日、1時間から1時間半の散歩。退院したての最初の散歩では、以前12〜13分で行けた保土ヶ谷駅まで、24〜25分かかった。70歳ほどの爺さん・婆さんに追い越されたときは、がっくり来た。今では、15〜16分ほどで行ける。
半身浴と柔軟体操。風呂に入ると、躰を洗ったあと、半身浴、さらに風呂場で柔軟体操をする。で、入浴は洗わなくても40分以上、洗うと1時間以上になる。
足温と足の裏の垢こすり。入浴とは別に、発泡スチロールの箱にお湯を入れて、足を温める。ついでに軽石で足の裏の垢をこする。そうすると垢が出てくるだけでなく、足の裏の血行が実に良くなる。
マッサージ。足の裏を妻にマッサージしてもらう。息子達に肩から首筋をマッサージしてもらう(ただし、たまに)。
湯たんぽ。湯たんぽを入れて眠る。さらに眠る前に、ホカロンの親分みたいなもので(ただし、使い捨てではない)、腰から肩に掛けて温める。
また、眠る前に、中山式快癒器を使って、じっくりと腰から肩を指圧する。よって、布団に入ってから全て終了するまで1時間かかる。しかしこれをするとよく眠れる。
平均的な日常を追ってみると、9時起床、薬、新聞、朝食、薬、電子メールにインターネット、これで午前は終了。
午後は、読書ないし軽い仕事、郵便物、昼食、薬、散歩、入浴、新聞。
夜(7時以降)は、夕食、テレビ、足温、マッサージ、布団の中での指圧、こうして12時頃に寝る。
6月頃になったら、プールにでも行って、水の中で歩こうかな、と思っている。
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追加

 (14)の追加。今一つ忘れていた。カラオケ。
先日、妻と二人でカラオケボックスに出かけた。平日の昼間、1時間280円という。ドリンクは飲み放題。二人で2時間で1120円。
調子は最悪であった。シラフで歌ったことなど無い。それだけで調子が出ない。しかも、腹に力が入らず、声がでない。せき込み、喉かかすれ、高音が出ない。そんなわけで、声量豊かにして済んだ高音の私の美声が台無しであった。
しかし、腹筋を鍛えるには都合がよいので、今度また行くことにしている。
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2002年03月14日

闘病記(13)

 さて本日は、食事。
食は薬なり。万病の元は食にあり。大腸ガンは現代病、その大本は食。健康の第一は胃相・腸相をよくすること、等々。
大腸ガンということでの食事上の注意事項は、@暴飲暴食を慎む、腹八分目、Aよく噛むこと、B寝る2時間前以降は食事をとらないこと、C脂・油ものは避けること、特に動物性の脂は極力避けること、Dよって、肉はほどほどに、Eたばこはダメ、F酒はほどほどに(1日清酒で1合程度)、週1〜2回の休肝日を、G唐辛子、芥子、カレー、等の香辛料はダメ、Hバター、マヨネーズは少々、I上質の水分を多く補給すること、といったところである。
なお、今まで暴飲暴食を繰り返してきた人は、だいぶ胃相・腸相が悪化しているので、以上の@〜Iまでを、きちんと守ること、と厳しい。常習犯はそれだけで刑が重いのだ。
術後3ヶ月間は、腸閉塞等の合併症のおそれがあるので、さらに食事は制限される。
@繊維質のものはダメ。よって、海草類、野菜類、キノコ類はダメ。ただし、よく煮込んだ温野菜はよい。A消化が悪い、ねりもの類(蒲鉾、さつま揚げ等)、こんにゃく、白滝、貝類はダメ。ただし、牡蠣はよい。B刺身類の生ものはダメ。C大豆等の豆類もダメ。Dサツマイモもダメ。以上である。
よって今のところ、食べられるものがきわめて限定されている。ご飯、うどん、脂身の少ない煮魚・焼き魚、ジャガイモ、里芋、豆腐、ぐちゅぐちゅに煮た野菜、卵、パン、カステラ、ヨーグルト、チーズ、ジャム、プリン、果物(ただし、パイナップルはダメ、イチゴは周りはダメ、みかんは缶詰がいい)、といったところだ。
飲み物では、酒はダメ、珈琲ダメ、炭酸飲料水ダメ、ダメではないが私はすぐ下痢をするので冷たい牛乳もダメ。
4月22日で術後3ヶ月になる。そうなったら徐々にではあるが、上記の食べ物が解禁される。今から楽しみである。さにら5年後は、鰻と霜降り牛のすき焼きを食べる。絶対に食べる。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月13日

闘病記(12)

 本日は薬のこと。正確には、薬と栄養補助剤のこと。
以前から飲んでいたのが、うこん、クエン酸、数種類のビタミン・ミネラル系、ルイボス茶、ブラックジンガー、そして酵素。
年末にガンとほぼ分かってからは、それにアガリクスとプロポリスが加わった。
アガリクスもプロポリスも、まあいろいろとある。本も随分と出ている。「○○医学博士監修」となっているが、書いているのは、その製品を販売している会社。しかし、こういったたぐいの本がよく売れるようだ。次から次へと出版されている。毎週のように新聞広告に載っている。なお、現在は、プロポリスよりもアガリクスのほうが優勢のようである。
がんと分かってからは、多くの友人・知人達が、様々な情報を提供して下さったが、やはりその大半は、アガリクスとプロポリスだった。
何種類か試してみて、プロポリスは液状50t(半月分)で7万円、桐の箱入りのもの、アガリクスは濃縮液、一袋50t入り30袋(半月分)で5万円のものに落ち着いた。ひと月24万円である。(もっとも、割引で20万円ほど。)
ところが、術後飲んでみると、ともにひどい下痢になってしまった。退院後に再度試みたが具合が悪い。
他のプロポリスにしたところ、下痢がない。そこで、今度は45t(半月分)2万2千円のにした。アガリクスは、粉状の他の製品(60袋、一月分)3万8千円のと、以前のものとを半物ずつ飲んでいる。ずいぶん安くなって、月にほぼ11万の出費になった。今のところ飲み代・交際費をほとんど使ってないので、それでとんとんである。
薬は、病院からいただいた抗ガン剤(5-FU系統)と胃腸薬。
水は、妻の兄貴が製造・販売している「波動水」というのを、取り寄せている(週に20g)。それで、ルイボス茶や鳩麦茶、さらに飲み物と料理に使う水の全てをまかなっている。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月12日

闘病記(11)

 本日は下品に「大便」と「屁」のこと。
胃を切った人の悩みは、一度に多くの食事がとれず、ちびりちびりと何度も食事をしなくてはならないことだという。
大腸を切った人の悩みは、一度にドバーッと便を出すことができず、ちびりちびりと便をすることだという。まさに実感。
まだ個室にいて、フォーレ(尿道カテーテル)がとれず、おしめをしていた頃、夜中に必ずと言ってよいほど、便が出た。とっさのことで我慢できない。フォーレが邪魔で動きがとれない。しかも、術後は、便は我慢しないで、出したほうがよい。さもないと腸閉塞になるおそれがある。
で、申し訳ないがおしめの中で脱糞ということになる。そして、宿直の看護婦さんを呼ぶ。
看護婦の中には当然、20代、30代の独身者もいる。そんな女性に50代の男の糞まみれの尻を拭かせる。「申し訳ない。今度貴方が脱糞したときは、私が拭いてあげるからね」と、思わず言いたくなる。
この拭き方で、看護婦の善し悪しが分かる。コールしてもなかなか来ない看護婦、そしてあわよくば、看護援助の人にやってもらおうと思う看護婦、ぞんざいにやる看護婦が何人かいる。こういうのはダメ。
すぐにとんできて、テキパキと、丁寧にしてくれるのがよい看護婦。恥じらいながら、歓喜の表情で・・・なんて看護婦がいたら最高なのだが、いるわけない。
フォーレがとれて、ようやく自由の身になり、自らトイレに行けるようになると、今度の悩みは、トイレ回数の多さだ。便の回数も多いのだが、屁が問題となる。
屁がよく出る。ところが、腹の具合が悪いときは、屁なのか便なのかよく分からないことがある。「屁のみ」と「便混じりの屁」との区別。これが問題だ。疑わしきはトイレへ、ということになる。よって、その分トイレ回数も多くなる。
ようやくこのコントロールに慣れたのは、ごく最近のことである。
私の場合、以前から便の回数は多かった。日に3回から5回程していた。便秘の人は週に1回から2回という。私には考えられないことである。週に21回食事をして、出すのが1回としたら、その1回分というのは、バケツ1杯分くらい出るのであろうか。そんなに一度に出したら、水洗で流れずに、あふれ出てくるのではないだろうか。つまらぬことを心配したりする。
で、術後は、5回から10回ほどトイレに行く。やや大変だが、週に1〜2回よりは、自分としては、よほどよいと思っている。もしそうなら、腸閉塞のおそれが出てくるからだ。
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2002年03月11日

闘病記(10)

 何故か、「闘病記(9)」が2つある。
さて今回は我妻・文代のこと。
私の入院後保土ヶ谷から千駄ヶ谷まで1ヶ月のテーキを購入。手術当日から3日間は病室に泊まり込み。それ以外は、1日だけ来なかっただけで、他の全ての日に病院にやってきた。1日休んだのは、やや喉が痛かったので、私に風邪を移したら大変という、心憎い配慮。
来ると先ず、持ってきたルイボス茶・鳩麦茶、自家製ヨーグルトを冷蔵庫に入れ、下着類を出し、郵便物を私に渡す。さらに、電話・電子メール等での報告をする。
次に、不要となったものをバッグに収め、私の伝達事項をメモする。
これが済むと、躰全身を暖かなタオルで拭く。シャワーが週に2度だけで、しかも時間が、呼び出しがあり、風呂場に行き、脱ぎ、洗い、着て、看護婦センターに終了を報告するまでおよそ25分なので、とてもではないがゆっくり洗っていられない。そこで、シャワーのない日は毎日全身を拭く、というわけだ。
拭き終わると、脂の無くなった肌にクリームを塗り、新しい腹帯、新しい下着に着替える。
その後、足を温める。ついでに、軽石で足をこする。こうすると全身の血行が良くなる。さらにその後、肩から腰までをよく揉む。
これにて1日の看護終了。およそ1時間30分かかる。
はじめはもたもたしていたが、後半は実に手際よくなった。また、揉みもずいぶん力が入るようになった。
他人への愛想もいいので「いい奥さんね」と言われる。そんなときは「亭主がいいからね」と応えておく。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月09日

闘病記(9)

 このホームページ「矢島正見わーるど」のプロフイール欄にも書かれていることだが、私は以前から「快食、快眠、快便、これさえあれば、人生ウハウハ」をモットーとしていた。大げさに言えば、座右の銘である。色紙などにもよく書いている。
手術をし、こんな状態になってからは、ますますこの言葉が当てはまるようになった。今では確信して言える。



快食、快眠、快便






これさえあれば









人生ウハウハ
皆さん、詰まらぬ野心など捨てなさい、詰まらぬ欲望にうじうじしていることはない。人間関係でヒーコヒーコすることもない。何でも旨い旨いと飲み食いして、ぐっすりと眠って、いいウンコを毎日出していれば、それで十分幸せ。
5年間生きていて、旨い酒が飲めればそれでウハウハ。できれば、それに「快性」なんてのも付け加えたいが、これは欲というもの、あればあったで、さらにウハウハだが、無ければないでよし、としなくてはいけない。
いかがかな、病気をすると、いかなる俗人も、このように悟れるのです。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2002年03月08日

ウハウハ会のメンバーへ

 この「我流雑筆」を読んだウハウハ会メンバーは、必ず「うはうはネット」を開いていただきたい。そしてそこの、本日(3月8日)付けの私のメッセージを読んで、応えていただきたい。お願いする。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆