2001年08月05日

多忙シリーズ・第3弾

 ついでに、いかに大学の先生は忙しいかということを、この際徹底的に書こうと思い、第3弾をぶち挙げることにする。
ほんの5〜6年ほど前まで、大学は7月の中旬には夏休みに突入した。以後9月の中旬まで、およそ60日間、夏休みであった。ところが、前期・後期と講義が分離し、前期が7月で終了するようになったため(以前は前期の終了は9月であった)、7月も中旬まで講義が延び、その後補講期間となり、さらにその後試験期間になった。全て終了するのが、中大文学部では7月29日である。
私の場合、今年度7月16日、13時〜18時まで補講、17日、12時〜19時まで補講。さらに、16日は、補講後、クラスコンパ、17日はゼミ生の一部と飲み会。勝手に好きで飲んでいると言われれば確かにその通りであるが、こうした飲み会が大事なのである。教育は教室だけでするものではない。文化が花開くのは、ゴルフ場でもサロンでもなく居酒屋である。「一つの釜の飯を食った仲」というのは、今でも真である。
酒は自分で飲むものではない。相手に飲んでいただくもの、だから、相手に注いでも自分には注がないのだ。自分で注いで飲みたいなら、自分一人で飲めばいい。酒は楽しんで飲む以上に、「礼」として飲むのである。日本人は酒に寛容と言われているが、とんでもない。酒の席の礼に最もうるさいのが日本人である。その「礼」と「仁」と「義」と「情」がなくなり、つまり酒に「聖なるもの」がなくなり、それ故、「わび」も「さび」も、ついでに「いき」もなくなり、ただ騒いで飲むという「仲間はしゃぎ酒」が酒の飲み方と思うようにほぼ20年前からなってきてしまった。酒飲みの堕落である。
いったい何を書いているのだろう。変な方向に行ってしまった。この続きは、後ほど書こう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆