2001年08月26日

第8弾・3つの祭り

 本日は、東京レズビアン・アンド・ゲイ・フェスティバル。
原宿の駅を降り、代々木公園に向かうと、東京よさこい祭りとかいうのが行われていた。
「東京で何でよさこいなのだ。アホか」「浅草のリオカーニバルよりひどい」「浅草の場合には、衰退する町の復興ということもあるし、世界的なリオカーニバルを日本で・・・」という意義と意気込みもあるので、浦安のディズニーランドよりよほどましだが、「よさこいとはなさけない」と思いつつ、レズビアン・ゲイ・フェスティバルに向かう。
フェスティバルは実に盛大であった。私は久しぶりの参加であったが、今まで体験した中では最高の盛大さである。5〜6千人は参加したであろうか。ホントに自由気ままな、祭りであった。
ただし、アカーさんは、他のグループとはやはり異色、パレードというよりもデモ行進的、シュプレヒコールなんてやっており、浮いていた。
パレードを見ながら原宿・渋谷を歩くうち、例の「よさこい」に遭遇した。
野次馬根性で見ると、これがすごい、たいしたもの、かっこいい、先程の評価は一変。思わず魅入られてしまった。とにかく見せる・聞かせる。本場の阿波踊りを見たことがあるが、それ以来の興奮であった。
帰ってきて、我が家の町内の盆踊り、相変わらずの「炭坑節」である。
この3つの祭り、それぞれが祭りの典型を表していた。芸術的にも、見て素晴らしいのも、「よさこい」である。ただし、これは一般の人々は「見る」という参加しかできない。踊るグループは、組織があり、スポンサーがあり、音楽担当・踊り担当・衣装担当・等々のプロないしセミプロのスタッフがいて、何ヶ月も特訓して、本番に臨むのである。大きなそして有名な祭り・見せる祭りはこういった祭りであろう。
レズビアン・ゲイ・フェスティバルは、参加自由、飛び入り自由、ほとんどただ歩くだけ。練習も何も要らない。少数の各グループが思い思いの衣装を見せるが、そしてスタッフの苦労は大変であろうが、参加者にとってはなんの準備も不用。ただし、各町内でやれるものではない。やはり特殊パレードである。
全国各地の町単位でやれるものと言えば今のところ夏祭りくらいであろう。昔ながらの光景である。御輿・夜店・盆踊りという3大催し、そして浴衣。
この3つの組み合わせ、これが日本の祭りなのかもしれない。今日は一日でこの3つを味わってしまった。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2001年08月25日

第7弾・書く気はなかったのだが多忙シリーズ続き

 気が付いたら、15日間ご無沙汰していた。さて、そろそろ何か書こうかと思ったら、やはり多忙シリーズを書きたくなってしまった。こんなこと読む人はさぞかし嫌がるであろう、だから止めようと思っているのだが、10日後のことが書いてないと思うと、なんだか中途半端な気がして、便秘のような気がして、「やはり書こうかな」なんて思ってしまう。
で、11日、3家族飲み会。
12日、ラブホテル原稿執筆。
13日、ラブホテル原稿執筆、ようやく完成。
14日、「青少年の人間関係調査」理論化、日本学術会議広報誌への執筆原稿の校正。
15日、資料を取りに中央大学へ。「久しぶりに研究室に行く、用事のある者は来ること」とゼミ生にメールしておいたのだが、誰も来なかった。学生なんてこんなもんである。今度会ったときには、冷たくしてやろう。
16日、兄貴娘と共に墓参りに来る、一杯飲む。その後、小学生時代の友達「オトメ」下の娘と共に来る、一杯飲む。やや飲み過ぎ。
17日、大学自己評価・自己点検報告書作成。こんなことまで大学はやらせる。自己評価・自己点検はよいが、こうした仕事が一部の教員に偏ってしまい、やらない教員は何もやらずという、この状況は大きな問題である。少年法研究会に出席。その後食事。
18日、青少年の人間関係調査票作成。柳生家来る、ウッドデッキのバーベキューで一杯飲む。
19日、ゼミ卒業生来る。小生の53回目の誕生日、やはりウッドデッキのバーベキューで一杯飲む。
20日、青少年の人間関係調査会合。一杯飲む。
21日、自己評価・自己点検報告書続き。永野歯科へ。22日、中央大学進学相談会。院生論文査読・批評。
23日、自己評価・自己点検報告書終了。少年刃物調査票修正。ぐみ沢小学校講演レジュメ作成。
24日、青少年問題研究会へ。機関誌12月号構想・来年度構想。
25日、本日、とうとう『時代は変態』執筆開始、ワープロにて3頁進む。
大学というところは、雑用をする先生には、さらに雑用が来る。大学外でも、仕事をする先生にはさらに仕事が来る。一カ所から来る仕事の量はたかがしれているが、それが何十カ所から来れば、たいした量となる。
こうしたことをきちんと評価し得るようなシステムを作らないで、やたら自己点検などと言っているのでは、仕事量が多くなるだけである。今のままでは、ナンセンスと言わざるを得ない。他の大学がやっているからと、大学の体裁を整えるだけでは、本当の進歩はない。にもかかわらずお前は何でやっているんだと問われれば、ただ、やらないやつが多いので、やっているだけ、と答える以外にない。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2001年08月10日

第6弾・続々多忙シリーズ

 いささか酔った。論文の続きを書こうとしたが、その気力がない。寝るにはちと早い。で、続きを書くことにした。とにかく、本日まで記述が来ないと、何となく気になる。
8月1日、横浜花火大会。この夏初めての遊び。2日、大妻「社会病理学」採点。大学院入試問題作成。3日、中大「社会問題」採点。運転免許証更新手続き。新しく出す本の打ち合わせ、その後一杯飲む。4日、採点続き。5日、採点続き、完了。6日、月刊誌『青少年問題』2002年基本構想私案作成。財・青少年問題研究会常務理事会、その後一杯飲む。7日、社会福祉財団恵友会創立5周年記念記念誌論文執筆。『青少年問題』10月号「巻頭言」執筆。同・葉書アンケート項目作成。8日、「ラブホテル」執筆。9日、「ラブホテル」執筆。10日、「ラブホテル」執筆。2人のお客来る、一杯飲む。で、今これを書いている。
やっとこの時間までたどり着いた。執筆完了。これからも、予定がぎっしり詰まっている。「ラブホテル」の原稿もまだ始まったばかりだ。本も書かなくてはならない。どこにも行かない・行けない。夏の間中、休むことなく、ヒーヒー言って、終了するはず。そしてその後も、おそらくここ10年ほどはこうした生活が、ずっと続くことと思う。
大学の先生には「過労死」は認定されないとのこと。忙しいのは、自業自得ということか。とにかくこれにてシリーズを終了する。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2001年08月09日

第5弾・続多忙シリーズ

 7月17日まで書いた。その続き。
18日、10時から会議。午後6時からは警察政策学会の会合、その後は一杯飲んで、二次会。19日、会議会議会議の連続。20日、レズビアン・ゲイ・フィルムフェスティバル参加。21日、進学相談会。22日、青少年人間関係調査研究会会合。その後一杯飲み会。23日、社会問題テスト。24日、大妻女子大学・社会病理学テスト。その後、大妻・中央研究・教育交流提携打ち合わせ。25日、組織評価委員会。
この間、事務・雑用、メチャあり。例えば、研究室会議録の作成、将来構想委員会会議録メール通信、教授会・坂田先生にメール、犯罪社会学会常任理事会報告準備、等々。さらに、「松葉ゆかり女装人生史」を執筆。
26−27日、日本学術会議依頼原稿「愛から合意へ−10代の性意識の変化−」執筆。犯罪社会学会常任理事会出席。
28日、29日、三遊亭竜楽師匠との対談ゲラを校正。委員会で掲載不可となったある先生の原稿を読む。やはりどう読んでも不可の出来ばえである。
30日、財団法人青少年問題研究会事務(私理事長なもんで)。31日、大学評価委員会。この間、『青少年問題』11月号の構想を決める。
以上、こうして、多忙の中で7月は終わっていった。
この続きはまた。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2001年08月06日

第4弾・社会問題採点

 今年度の「社会問題」受講生は398名。今まででは最高の数である。
3年の受講生が多かったのであるが、これは昨年度取らなかったということであり、昨年度私が休みだったので、ということは、つまり、私の「社会問題」を取るために、昨年度は取らないで、今年度取ったということであろう。ありがたいことである。なお、相変わらず、他学科、他学部の受講生が多く、これもありがたいことである。
昨日、その採点が終了した。丸3日かかった。採点ほどしんどいものはない。汚い字で、全く改行のない、へたくそな文を読んでいると、もうむしゃくしゃしてくる。おまけに、でたらめな解答なら、それはそれでよいのだが、半分ほど当たっていて、半分ほどはでたらめという答案が、一番始末に悪い。採点者泣かせである。
で、試験の結果だが、実によくできていた。それに、今年は私の採点もかなり甘かったようだ。例年だと、Aが40%、B、C、D、Eがそれぞれ15%であるが、今年はAが70%、Bが10%、Cが4%、Dが6%、Eが10%であった。今年受けた人はラッキーであったと言えよう。
しかし、こう甘くては「鬼の矢島」の威厳を損なう。後期の「現代社会研究」と「社会学史」の試験は、今少し厳しくすることにしよう。
以上、採点報告であるが、昨日の補足。
補講をしたのは、何もさぼっていたからではない。まじめで、とても良い先生だからである。OB・0G生や学生は分かると思うが、それ以外の方が誤解されると困るので、一言申し添えておく。
次に、酒のことであるが、これも、追加しておく。酒は「注いでいただく」のである。ということは、「注がせる」のではない。また、「注いでやる」のでもない。上の者・下の者も関係なく、注いでいただくのである。これを勘違いすると、えばりくさった輩とへりくだった輩が出てくる。こういう輩も、一人だけで酒を飲んでいただきたい。
なお、バーなどで、ママが客に水割りなどを作るが、これも客に対する「礼」を無くすと、「早く飲め、早く飲んでボトルを空にして、次のボトルをキープしろ」というのが見え見えとなる。これもダメ。酒を注ぐということと、酒を無理に飲ませるということとは、全く異なることである。これも勘違いしないでいただきたい。
このへんで終わりにしておくが、これ以上に私の酒話を聞きたい方は、どうか矢島正見著『忠犬パパは眠れない』宝島新書、735円(税込み)を買って読んでいただきたい。書店には置いてないので、注文していただきたい。なお、中大生協には置いてあります。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆

2001年08月05日

多忙シリーズ・第3弾

 ついでに、いかに大学の先生は忙しいかということを、この際徹底的に書こうと思い、第3弾をぶち挙げることにする。
ほんの5〜6年ほど前まで、大学は7月の中旬には夏休みに突入した。以後9月の中旬まで、およそ60日間、夏休みであった。ところが、前期・後期と講義が分離し、前期が7月で終了するようになったため(以前は前期の終了は9月であった)、7月も中旬まで講義が延び、その後補講期間となり、さらにその後試験期間になった。全て終了するのが、中大文学部では7月29日である。
私の場合、今年度7月16日、13時〜18時まで補講、17日、12時〜19時まで補講。さらに、16日は、補講後、クラスコンパ、17日はゼミ生の一部と飲み会。勝手に好きで飲んでいると言われれば確かにその通りであるが、こうした飲み会が大事なのである。教育は教室だけでするものではない。文化が花開くのは、ゴルフ場でもサロンでもなく居酒屋である。「一つの釜の飯を食った仲」というのは、今でも真である。
酒は自分で飲むものではない。相手に飲んでいただくもの、だから、相手に注いでも自分には注がないのだ。自分で注いで飲みたいなら、自分一人で飲めばいい。酒は楽しんで飲む以上に、「礼」として飲むのである。日本人は酒に寛容と言われているが、とんでもない。酒の席の礼に最もうるさいのが日本人である。その「礼」と「仁」と「義」と「情」がなくなり、つまり酒に「聖なるもの」がなくなり、それ故、「わび」も「さび」も、ついでに「いき」もなくなり、ただ騒いで飲むという「仲間はしゃぎ酒」が酒の飲み方と思うようにほぼ20年前からなってきてしまった。酒飲みの堕落である。
いったい何を書いているのだろう。変な方向に行ってしまった。この続きは、後ほど書こう。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆