2019年10月17日

 3、4日前までは晩夏であり初秋であった。ところが急に寒くなった。「涼しくなった」というよりは「寒くなった」と言ったほうが適切である。
 夏が長く、秋が短く、そしておそらく冬が長くなることであろう。体感的に言えば、夏―6月・7月・8月・9月、秋―10月・11月、冬―12月・1月・2月・3月、春―4月・5月といったところである。初秋―中秋―晩秋が、それぞれ20日ほどしかない。(2399)
posted by 矢島正見 at 18:27| 我流雑筆

2019年10月16日

そこで、調べてみた

 もう30年以上であるが、時代小説を読むたびに、貨幣経済が気になってしまう。小説を読み、気になると調べるのだが、すぐに忘れてしまう。そのために、分かりやすく書かれた江戸時代の経済や生活の本を買ったりして読む。今は、ネットという大変便利な自宅図書館があるので、Wikipedia等で調べてみた。
 以下、調べてみたことを記す。

・一石=十斗=約三俵=成人男子が一年間に食べるコメの量(一日五合食べるとして換算)
・一両=三石〜四石(時代により変動する)
・一両(金)=四分(二分金・二分銀、壱分金・壱分銀)=十六朱(二朱金・二朱銀、壱朱金・壱朱銀)=4000文〜6000文(時代によって異なる。なお、幕末は異常な経済状況(インフレ)を呈するに至っている。)
・一両=銀60匁(目)(約225グラム。なお、銀1貫は銀1000匁)=銭4貫(4000)文(元禄13年(1700年))。銀は重さが単位であり、金の両と銀の匁とは異質の貨幣単位である。
・一俵=約60s(時代・地域により異なる。俵とは単に米を運ぶためのものに過ぎなく、重さや量の単位ではない。)
・年貢…四公六民・五公五民・六公四民とある。幕府は主に四公六民、各藩は主に五公五民。

・知行取りの場合は、一両のほぼ1/3が一石となる(逆に言えば、三石で一両となる)。十万石の大名の年間総収入はおよそ3万5千両ということになる。1000石の旗本でおよそ350両、100石の武士ではやよそ35両である。
・何故そうなるのか。本来ならば一石=一両である。しかし、五公五民の十万石の大名ならば、藩の収益は五万石となる。これは玄米なので白米にすると糠の分が減り、手数料も取られて、四万石となる。米問屋に委託して売るので、結局三万八千石ほどになる。
 幕府の場合では、四公六民なので十万石は四万石となる。白米で三万二千石、米問屋に委託販売で三万石。したがって、およそ十万石の1/3ほどになるのである。

 「例えば幕府の直臣の場合、旗本などは知行地を与えられ、その知行地から収納する年貢米が収入となる(知行取り)。しかし中・下級の旗本や御家人の中には知行地を与えられず、幕府の天領から収納され幕府の蔵に納められた米から、俸禄として現物支給された者たちもいた。この現物支給される米のことを蔵米と言い、こうした者たち、あるいはその階層のことを「蔵米取り」とされた。」
 「近世武家の俸禄形態には知行取り、蔵米取りの他、現米取り(切米取り)と扶持取りがある。」

 「蔵米取りの者の禄高は「蔵米三百俵」のように俵数で表されるのが一般的であった。蔵米取りの場合、俸禄は年3回に分けて支給されるのが常で、2月と5月に各1/4、10月に1/2が支給された。それぞれ「春借米」「夏借米」「冬切米」と呼んだ(「借米」は「かしまい」と読む)。ただし、俸禄は全量米だけで支給されるわけではなく、米の一部はその時季の米価に応じて金銭で支払われるのが通例であった。浅草の札差がそれらの米を百俵に付き金1分の手数料で御米蔵から受取り、運搬・売却を金2分の手数料で請け負った。」
 そう言えば、江戸町奉行所の同心は30俵2人扶持の俸禄だったという。これは蔵前取りであり、年収40俵で、札差に3分支払ったとしても、39両1分である。しかも、八丁堀に百坪ほどの屋敷をあてがわれていたという。
 岡っ引き数名に手当てをやらなくてはならないが、町民(商人)からの差し入れ(賄賂)がかなりあったというから、うはうはの生活ができたようだ。

 「幕府では1俵=3斗5升入(0.35石)、加賀藩では1俵=5斗入で換算されていた。米の品質は、幕府の場合、上米・中上米・中米・中次米の4等級にわかれ、高職者に上米、並の役職者に中米、無役者に中次米を支給していた。」
 「俸禄としては知行取り1石=蔵前米1俵、現米35石=100俵、1人扶持=米5俵で換算されていた。つまりたとえば、知行取り100石=蔵米100俵=現米35石=20人扶持=金35両(名目レート:現米1石=1両換算)となる。 100(石)×0.4〜0.5×0.85=32〜43(両)」

 「知行の換算は、 米1俵 = 1石 = 金1両(名目レート)また蔵米5俵 = 1人扶持(1日5合換算の端数切り上げによる)であった。」
 「なお、幕府の御家人の知行1石が蔵米1俵に相当するのは、以下の通りの計算である。
天領の税率が四公六民なので、知行1石からは武士に対しては4斗の収益となる。これを精米することにより約3斗5升となり、蔵米の精米1俵分とほぼ同等となる。」

 以上である。(2398)
posted by 矢島正見 at 13:19| 我流雑筆

2019年10月14日

『おんな船』

 白石一郎『おんな船―十時半睡事件張』(第六弾)を読む。
 第五弾では、半睡は江戸福岡藩邸の総目付となり、黒田藩の中屋敷に住居を定める。よって、中屋敷のことはよく描かれている。
 この第六弾では、江戸深川小名木河岸に居を構える。ここに至って、ようやく江戸庶民の生活が描かれることになる。それぞれの巻で、書くネタや背景を考えてのシリーズものというのがよくわかる。
 しかし、この江戸もネタが尽きたのか、次の第七弾(シリーズ最後)では、福岡に帰る。第七弾はその道中記である。江戸に来た時は道中は省かれいたので、帰りに書くという次第だ。
 これが、水戸黄門漫遊記ならば、各巻で、好きなところを漫遊させて、膨大なシリーズになるのだが、そしてそれ故に、大マンネリに陥るのだが、白石小説ではそのようなことはない。

 「御船騒動」では、正月となり「(お仙は)ことしでたしか十八になったはずだ」というので、歳の数え方は「数え」であることがわかった。
 月は新暦であった。これは「叩きのめせ」でわかった。

 小説では、主人公は二十石三人扶持。ところが、藩の二百俵の損失を自己責任として払わなくてはならない。
 米の換算なのだが、「米一石が三俵制なので、米二百俵といえば約七十石である。一石金一両と見積もって七十両の大金となる」、「食録僅か二十石三人扶持の新九郎にとって三年分の俸給を投げだしても、まだ足りない」と、文中にある。
 この新九郎は「蔵前取り」と思われる。さもないとおかしいからだ。しかし、新九郎は蔵前取りにて二十石で六十俵、三人扶持として十五俵、計七十五俵もらっている。三年分では二百二十五俵となる。三年分の俸給ならば十分足りている。
ただし、米問屋・札差から手数料をピンハネされるので、両で換算すると、トントンになるのかもしれない。(2397)
posted by 矢島正見 at 01:09| 我流雑筆

2019年10月11日

『出世長屋』

 白石一郎『出世長屋―十時半睡事件張』(第五弾)を読む。
 今回の舞台は福岡ではなく、江戸である。江戸福岡藩邸の総目付として登場する。福岡ではネタが尽きたので、舞台を江戸に代えたということのようだ。
 いささか驚いたのは、十時半睡を剣の達人に換えたことだ。これはやりすぎだ。躰がなまり、素振りでもする程度なら良いのだが、また、若い頃はそれなりの腕前だったというだけのことならいざ知らず、道場の師範代までも負かしてしまうというのでは、逆に減なりする。半睡のイメージが損なわれる。これは失敗である。

 今回で、時代がわかった。「寛永のむかし?」「少なくとも百五十年前ということになる」と、出てくるからである。寛永元年は1624年、寛永20年は1643年であり、三代将軍家光の時代である。「少なくとも」とあるので寛永も終わりの頃から150年と考えたほうがよい。とすると、1790年頃というところである。この時代は寛政年間であり、第11代将軍家斉の時代である。松平定信の寛政の改革以降の時代である。
 ところが、最後の解説を読んだら、同じことが解説されていた。もちろん、もっと詳しく。それによると、やはり私の推理は当たっていた。

 しかし、この小説、季節はよく出てくるのであるが、時代はあまり出て来ない。政治背景は黒田藩だけで、江戸幕府の動向は書かれいない。文化も、外食しないことや遊女・芸子と戯れることがないし、庶民の長屋の人たちが出て来ないので、よくわからない。その点、藤沢周平や池波正太郎とはやはり違う。
 ただし、武家のしきたり(規定)や藩の決まり事(慣例)や行政の仕組み等は実に詳しい。ここも藤沢周平や池波正太郎とは違う。(2396)
posted by 矢島正見 at 12:32| 我流雑筆

2019年10月08日

第三戦

 第三戦は残念ながら負けてしまった。これにて今年の横浜DeNAベイスターズは終了である。来季こそ!!(2395)
posted by 矢島正見 at 18:41| 我流雑筆

2019年10月06日

クライマックスシリーズ「横浜ベイスターズ」対「阪神タイガース」

 第一戦:大逆転で負けた。(あとでニュースで見た。)
 第二線:乙坂の逆転ホームラン。それが、チャンネルの切り替えで、劇的な場面が見られなかった。NHKのように瞬時に切り替えることなく、つまらんコマーシャルなどしおって。ビデオでは見たが、こういう時は、中断された少し前からすべてを見せるべきだ。(テレビにかじりついて見ていた。)
 果たして第三戦は…?!(2394)
posted by 矢島正見 at 18:19| 我流雑筆

2019年10月03日

199000

 とうとう、『矢島正見わーるど』アクセス回数が199000を突破しました。あと1000弱で20万回です。
 そこで一休みと考えております。その後は、まったくの未定ですが。
 1日に6回のアクセスとして、160日後あたりでしょう。来年の3月でしょうか。まだまだ先があります。(2393)
posted by 矢島正見 at 18:16| 我流雑筆

2019年10月02日

『犬を飼う武士』

 白石一郎『犬を飼う武士―十時半睡事件張』(第四弾)を読む。
 相変わらず面白い。
 しかし、いつも思うのだが、「歴史小説」では、時代は明確にわかる。本能寺の変を描いていれば、どの時代か、考えることなくわかる。
 ところが、「時代小説」では、時代がわからない。架空の物語ゆえに判断し得ないのだ。江戸時代ということはわかるが、江戸は二百五十年以上続いている。初期・前期・中期・後期・末期では様子が違う。
 また、「宝暦元年」などと書かれても、歴史学者でない限り、すぐに時代を想起し得ることなどまずできない。「宝暦元年(1751)」とあれば良いのだが、こうすると時代小説らしくなくなるのか、そうした表現は少ない。
 これが、奈良時代、平安時代ではさらにわからない。ころころと変わるからだ。
 この『十時半睡事件張』も、吉宗の時代(中期)から文政年間(後期)と推測し得るのだが、それでも百年間ある。

 さらに年齢がわからない。「満」か「数え」で異なる。12月31日に生まれた子どもは「数え」では、生まれた時点で1歳となる。翌日の正月元旦には2歳となる。
 宮尾登美子の『春燈』では、綾子は数えの年齢で表記されている。ところが、『朱夏』では満で表記されている。『春燈』では綾子は19歳で結婚し、『朱夏』では綾子は17歳で結婚している。

 さらにさらに、季節がわからない。旧暦なのか新暦なのか書かれていないからだ。この『犬を飼う武士―十時半睡事件張』でも、分からない個所がある。
 「桜の季節が来た。(略)三月も半ばを過ぎると、淡紅色の花びらがいっせいに咲き揃う。」とある。「咲き揃う」ということなので、開花時ではなく、満開に近づいた時期(五分咲の頃か)である。福岡の開花時期と東京の開花時期にさほどの違いはなかったと記憶している。温暖化が問題となっていない江戸時代では少し早すぎる。
 ただし、この頃の桜はそめいよしのではない。山桜の場合は、やや長期に花が咲き続ける。山桜でもそれぞれ異なるらしいが、だいたい3月下旬から4月中旬頃までの3−4週間ほどである。それにしても、「三月も半ば」というのはやや早すぎる感がある。早咲きの桜なのか。これが旧暦であれば「三月も半ば」は四月下旬となる。そうなると今度はずっと遅すぎる。
 「五月も半ばを過ぎた頃になって、ようやく鬱とうしい菜種梅雨が明けた」とある。調べてみると「菜種梅雨」は、「菜の花が咲くころに降る雨」ということで、関西以西であるならば3月中頃から4月上旬にかけてのようで、「春雨」とも言うとのこと。
 春雨であるならば、知っている。「月様、雨が…」「春雨じゃ、濡れてまいろう」なんて演劇・映画のセリフがある。場所は幕末の京都。たしか、桜の散る頃に降る雨という認識がある。梅雨のように長く続くものでもない。
 「五月も半ばを過ぎた頃」というのは、季節として遅すぎる。旧暦では「五月半ば」は完全に梅雨の最中である。「菜種梅雨」ではなく「五月雨」である。これではもっとおかしい。
 どうもこの小説では、季節が旧暦なのか新暦なのかはっきりしないのである。(2392)
posted by 矢島正見 at 12:57| 我流雑筆

2019年09月27日

『刀』

 白石一郎『刀―十時半睡事件張』(第三弾)を読む。
 『包丁ざむらい―十時半睡事件張』(第一弾)は長塚節『土』を読んだ後に、『観音妖女―十時半睡事件張』(第二弾)は唐木順三の困難な本を読んだ後に、そして今回は宮尾登美子の『櫂』『春燈』『朱夏』を読んでからである。難しい小説や評論を読んだ後の肩のコリをほぐすには最適の本である。
 「解説」で石井富士弥氏は、十時半睡の風貌や顔つきが小説では描かれていない、と指摘する。そして、もし『十時半睡事件張』が映画化されたら誰が演じるのか当てて観たいと趣向を提示する。
 出て来た映画スターは、解説の石井氏が白石一郎と同年ということで、今では実に古いのだが、月形龍之介、大河内伝次郎、坂東妻三郎、さらに、勝新太郎、仲代達也、三国連太郎、森繁久彌、渥美清、笠智衆と、名前が挙がる。
 その後、NHKにて『十時半睡事件張』が放映されたが、半睡を演じたのは島田省吾であった。実に適役であった。文庫本の表紙は月形龍之介似である。
 私なら、宇野重吉、片岡千恵蔵を付け加えたい。
 現在の俳優の名前はほとんど知らない。顔はわかるのだが、名前がわからない。しかし、一人この人と言う人を挙げてみる。宇野重吉の息子の寺尾聡である。彼ならぴったりの役柄と思う。なお、ネットで寺尾聡を調べてみたら、横浜市保土ヶ谷区の出身であった。これには驚き。(2391)
posted by 矢島正見 at 12:15| 我流雑筆

2019年09月23日

『脳科学と少年司法』

 『脳科学と少年司法』を読む。
 専門家が一字一句読んでいくような本である。斜め読みは不可能の書である。専門分野の研究者でない限り、読むには難解な書である。
 少年司法研究に関しての現時点での最先端の少年司法の書である。従来の少年司法の基本的枠組みを覆すほどの知見を盛り込んだ書である。
 しかし、危険な書でもある。脳科学は始まったばかりである。したがって、その成果も始まったばかりである。これから数十年と研究が続き、ようやく科学的知見として定着し得ることである。したがって、今後、どのような研究成果が表れるか予測しづらい領域である。
 それ故に、現時点では、断定的な結論は控えなければならないし、また、読者もそう思う必要のある内容である。
 ところが、ある一定の正義イデオロギーを抱いていると、自分たちに都合の良いような科学的知見に飛びつき、先取りする傾向がある。これは、執筆者だけでなく、読者もである。
 ボーヴォワールの『第二の性』での「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言説は、それに心地良く感じたフェミニストの聖書と化した。しかし、今では人類(ホモサピエンス)の雌(「女」と呼ばれる)と雄(「男」と呼ばれる)では、脳の働きが異なることが実証されている。やはり、「女に生まれ」「男に生まれ」るのである。
 先取はかっこいいし、先取者を有名にさせるが、危険であるということを常に理解していなければならない。脳科学の専門外の研究者は特に注意が必要である。
 よく理解できたのは「第4章」である。それもそのはず、社会学者が書いた章であり、私のよく知っている研究者が書いた章であるからだ(よく知っているということは、書いたことがよく理解できるということにつながる)。
 刑事司法学者は、私の感じるところ、新しい理論や科学的知見に飛びつく傾向が多々ある。特に「科学」ということに弱い。そして、それを法律にうまく取り込もうとする。何故なら、法律は学問にしろ、政策にしろ外枠をがっちりと維持していればよいのであり、中身は社会学でも、心理学でも、福祉学でも、精神医学でも、脳科学でも、何でもよいのである。そうした学問の知見を法学という学問の枠の中で旨く位置付けられればそれでよいのである。
 ところが、社会学はそれに逆らう傾向が多々ある。それがこの「第4章」である。11章ある中のたったひとつの章だけ社会学ということが何となくわかる。
 脳が成長している間はまだ少年である、などという見解はいったいどこから来るのか。そうした知見の発見をどれほど騒ぐ必然性があるのか。それこそが不思議である。法学という学問自体が、どこかできちんと区切りを付けたがる性格を帯びているのであろう。
 科学的根拠に基づいた政策論議は必要であるが、科学的知見をイデオロギーに利用してはならない。(2390)
posted by 矢島正見 at 12:20| 我流雑筆

2019年09月21日

『加害者臨床を学ぶ―司法・犯罪心理学現場の実践ノート』

 『加害者臨床を学ぶ―司法・犯罪心理学現場の実践ノート』を読む。
 少年鑑別所や刑務所で、長年現場を経験した方の総大成ともいうべき書である。素晴らしい本である。基本的な文献をすべて読み込み、多くの理論を習得しての論述展開がなされている。
 と、このように書くと、理屈の本かと、おそらく読む気にはならないであろう。ところが、こうした理論研究を土台としつつも、論述の中核は、自己の体験した臨床からの知見であり、ときに個人史である。
 したがって、実に読みやすい。読みやすいがゆえに、読者は、理解を深めることなく、読み進めてしまうという危険を犯しやすい本である。これは、中身があり、読みやすい本の欠陥である。中身がないのに難しく書かれた本は、一字一句読むのであるが、そして最後には落胆するのであるが、こういう本は、その深さがわからないままに、「面白かった」で終わってしまう危険性がある。
 体験的記述が描かれているにもかかわらず、しっかりとした理論がその背景にあるのである。言い換えれば、理論に基づいて書かれているのではなく、体験を通して、理論を検証し、理論を超えて現状を把握している本である。その点、理論の、そして臨床の反省の書である。(2389)
posted by 矢島正見 at 13:30| 我流雑筆

2019年09月19日

『過去から未来に語り掛ける社会的養護』

 『過去から未来に語り掛ける社会的養護』を読む。4名の著名な子ども養護実践者の実践個人史である。
 具体的に言えば、児童福祉施設(教護院(児童自立支援施設)、児童養護施設、里親、児童相談所、障害児施設、等)での、実践活動史である。
 叶原土筆氏、平井光治氏は、この業界では著名でり、最長老である。両者の「社会的養護」の昔話は、一読に値する。社会福祉領域で働いている人や問題を抱えた子どもたちへのボランティア活動をしている人にとっては、お勧めの書である。
 実にわかりやすく、読みやすく、面白い本である。まったくの素人の方でも読めるし、感動し得る本である。
 今ひとこと付け加えるならば、この本は理論や理屈を理解するというものではなく、書かれていることに共感するか否かという次元で評価すべき本である。そして、このような評価では「特優」である。(2388)
posted by 矢島正見 at 10:11| 我流雑筆

2019年09月16日

『銅婚式』

 佐野洋の短編集『銅婚式』を読む。8本の短編が収められている。佐野洋としては初期の作品であり、力作ぞろいである。しかし、以前(30年ほど前)、この小説を読んだ時と同じ、感動はなかった。
 トリックが抜群であり、ストーリー展開も抜群であり、よくできてはいるが、かつての感動がない。こうしたことに、感動するだけの感性が既になくなってしまったということであろう。
 老化してから読んでも面白い小説と、そうでない小説があるようだ。もはや、こうした小説は暇つぶしに読むようになったようだ。(2387)
posted by 矢島正見 at 12:59| 我流雑筆

2019年09月13日

9月9日 直撃台風

 9月9日午前3時、台風が我が家を直撃した。三階は風で揺れた。
 天井に入る出入り口の扉が突然、バタンと音を立てて開いた。分厚い辞書で扉を防いだが、辞書を跳ね飛ばして開いた。5冊の辞書を積み上げて、ようやく防いだ。
 久しぶりの「台風」と実感し得る台風であった。次の日は、三階にはまったく風の入らない無風の暑さであった。(2386)
posted by 矢島正見 at 10:27| 我流雑筆

2019年09月09日

冊子3冊

 『雲の向こうはいつも青空―不登校インタビュー事例集―』(Vol.1)(Vol.2)、『不登校日記 僕らの場合』を読んだ。『事例集』(Vol.1)と『僕らの場合』の一部は既読だったが、通しで読んだ。
 活動する夫婦の自費出版である。内容・表紙・写真・レイアウトのすべてがよくできている。表紙の絵はおそらくプロに依頼したのであろう。特に(Vol.2)の表紙はいい。
 自費出版とはいえ、出版のプロの腕前である。(2385)
posted by 矢島正見 at 13:52| 我流雑筆