2020年01月20日

『反日種族主義―日韓危機の根源』

 『反日種族主義―日韓危機の根源』を読む。
韓国でベストセラーとなり、韓国民からの総批判を受けたという書の翻訳本であり、日本でもベストセラーとのこと。どんな本か、一読してみた。

 なかなか面白い本であるし、ここに書かれていることはほぼすべて正しいであろう。特殊領域正義イデオロギストがいかに危険な存在であるかがよくわかる書である。しかも、国家が長い間それを推進してきたとなるとなおさらである。

 北の場合は、独裁者は大問題であるが、南は政治家も研究者も教育者も人々も全て問題である、と言わざるを得ない。ある種の集団ヒステリー状態に陥っている。
 そして、そのような南と日本はよく似ている。日本でも、慰安婦問題のイデオロギストの研究者を祭り上げ、新聞は独善的正義イデオロギーで記事を書き、政治家は謝り、人びとはそれが当然のことと、つい十数年前までは思っていたのである。

 本書は既に書籍や論文にて公表されている事実を寄せ集めたものに過ぎない。それを体系化して整理したに過ぎない。よって、新たなる発見が展開されているわけではない。
 しかし、学術雑誌や学術書を読むような人はごくわずかのその領域の研究者である。しかも、本書の元になった論文等の執筆者は、韓国の学会では反主流派の少数派であるという。したがってほとんどの国民はこうした論文があることすら知らなかったであろう。
 本書の意義はそこにある。何も知らずに、本当のことだと思い込んでいる大衆への啓蒙書であり、警告の書である。それ故に、体系化して整理し、しかもわかりやすく読み易い一般書にしたのであろう。

 極端な正義、特に人々の正義の感情に訴える劇場型の正義は、右も左も危険である。昔も今も、実証主義・科学主義が学問の王道である。(2431)
posted by 矢島正見 at 12:37| 我流雑筆

2020年01月16日

『奥羽の二人』

 松本清張『奥羽の二人』を読む。10本の短編が収録されている。
 『五十四万石の嘘』とほぼ同時期に書かれているが、こちらの方がやや出来が良い。10本とも秀作である。清張の歴史小説を読むのであれば、その入門としてはこちらのほうをお勧めする。
 なお、奥羽の二人とは、伊達政宗と蒲生氏郷である。会津を取った正宗だが、秀吉に没収される。その会津に赴任してきたのが氏郷(42万石、のちに91万石)。若手の武将ナンバーワンと秀吉から折り紙付きの武将である。会津を取り戻そうとする政宗の策略、それに立ち向かう氏郷、この構図だけでも面白い。

 小説にはないが付け加えると、氏郷は若くして死んだ。世継がいなかったのでお家は宇都宮(12石)に移された。氏郷の死では家康に毒殺されたという説があるが、これはうそであろう。
 それほど家康は恐れていたということだ。会津に氏郷がいる限り、家康はうかつに動くことはできない。豊臣秀吉は伊達政宗への牽制と、事あれば家康を背後から突かせるということで氏郷に会津を任せたわけである。
 氏郷は近江派である。もし生きていたら、上杉とともに石田三成に組したのではないか。そうなると、伊達は総崩れと化し、家康は宇都宮から軍を引き上げたとしても、江戸を離れることは難しかったであろう。(2430)
posted by 矢島正見 at 14:06| 我流雑筆

2020年01月15日

『五十四万石の嘘』

 松本清張『五十四万石の嘘』を読む。8本の短編が収録されている。
 昭和26年から31年にかけて書かれたもので、松本清張の初期のさらに初めである。「西郷札」や「或る「小倉日記」伝」の頃の作品である。
 「五十四万石の嘘」は熊本加藤家二代目の物語である。いかにして加藤家がお取りつぶしになったのか、奇想天外な物語となっている。
 文中に「卯月」と出てくる。清張が旧暦を用いていたことがわかる。時代小説では、「卯月(四月)」と書いてくれると、また「寛永元年(1624)」と書いてくれると、さらに「二百五十石の知行取り」と書いてくれると、よくわかるのだが。
 おもしろいことを見つけた。最後に「うしろがき―「解説」に代えて」とある。「あとがき」というのがごく普通であろう。「跋」や「うしろがき」は珍しい。
 さらにおもしろかったのは、伝票が挟まれていたことだ。「啓文堂書店」「92/04/30」となっている。1992年に購入したらしい。おそらく1992年の春に読んだのだろう。(2429)
posted by 矢島正見 at 13:24| 我流雑筆

2020年01月13日

『武田三代』

 新田次郎『武田三代』を読む。武田信虎・信玄・勝頼の三代である。
 7本の短編により構成されている。どの短編も面白い。文章が切れる、読ませる。内容が淡々としていながら、ストーリー展開がリズムよく流れる。
 一度、十年以上前に読んだものだ。読んでいて思い出した。それでも読み進めた。
 しかし、これは歴史小説なのかと、疑問である。史実にない記述が多すぎる。骨格のみ史実といった類である。やはり、時代小説と思って読んだほうがよさそうである。(2428)

posted by 矢島正見 at 14:13| 我流雑筆

2020年01月10日

合掌

 1月7日、高校時代の恩師のM氏が亡くなられたというメールを受けた。78歳であった。
 1月8日、研究の大先輩であるM氏が亡くなられたというメールを受けた。78歳であった。
 偶然の一致ではあるが、何と言ったらよいのか。ただただ合掌である。(2427)
posted by 矢島正見 at 14:15| 我流雑筆

2020年01月08日

「超・人間学」

 月刊誌『サイゾー』に関しては既にこの「我流雑筆」にて採り上げたが、この中の「超・人間学」は実に面白い。科学の面白さがわかる。これを読むと、社会学は科学とは程遠いと思わざるを得ない。(2426)
posted by 矢島正見 at 18:42| 我流雑筆

2020年01月05日

昼に眠くなる

 私の趣味は寝ることです。朝寝、昼寝、夕寝、夜寝、ごろ寝、うたた寝、添寝。何でも好きです。酒よりも好きです。うつらとろりと、半分眠っていて半分目覚めている、という状態が一番好きです。至福の時といっても過言ではありません。
 近頃、昼食を食べて一時間ほど過ぎると眠くなります。誰でも食べた後は眠くなるものですし、私もそうです。
 今まででも、食べた後は眠くなっていたのですが、ここ半年ほどやけに眠くなるのです。昼食後に限って眠くなるのです。夕食後は、深酒をしない限り、それほどではありません。
 やはりこれは老化ですね。冬の晴れた日に、窓ガラスから入ってくる日の光を受けて、まぶしいかぎりの日差しの中で、うとうととするのは実に楽しいものです。(2425)
posted by 矢島正見 at 14:47| 我流雑筆

2020年01月04日

静かな日

 暮の30日から昨日の3日まで、実にドタバタしておりました。今日からは静かな日になると思います。今日は寒いです。薄日で、時々雲の間から日が差してきます。
 また、背中等が痒くなり出しました。昨日は痒くてなかなか眠れませんでした。久しぶりに午前になる前に寝たのですが、なかなか眠れずに、結局午前になってしまいました。
 「矢島正見わーるど」のアクセス数が199500回を超えました。まもなく20万回です。(2424)
posted by 矢島正見 at 10:56| 我流雑筆

2020年01月01日

新年のご挨拶

新年 明けまして おめでとうございます

昨年中は 並々ならぬ ご支援・ご指導・ご鞭撻を賜り 有り難く存じます。
本年も どうか ご支援・ご指導・ご鞭撻のほど なにとぞお願い申し上げます。

平成が4カ月、令和が8カ月という、考えてみれば面白い年でした。
天皇が存命中に退位なされ、皇太子が新天皇になられるということは、江戸時代以前では当たり前のことだったでしょうが、明治以降、今回は画期的なことでした。実にうまい具合にバトンタッチが行われたと言ってよいでしょう。

令和2年はまるまる12カ月ありますが、今年はネズミ年、私は年男です。と言っても、何かめでたいことがある、ということではなさそうです。それどころか、昨年以上に多事多忙の年になるのではないかと、予測しております。

おかげさまで、昨年は、中央大学の卒業生たちが「囲む会」を盛大に行ってくださいました。さらにまた、大正大学の卒業生たちも謝恩会を盛大に祝ってくれました。有り難いことです。

書籍では、日本社会病理学会監修で11名の執筆者による『社会病理学の足跡と再構成』(学文社)を世に出しました(「第4章」分担執筆)。
また、暮になって、『平成の青少年問題』(矢島正見・岡本吉生・山本功編著)を一般財団法人青少年問題研究会から出しました(「第6章」分担執筆)。これは200部限定の財団直販です。(書店では購入できません。財団から直接ご購入ください。ほんの僅か残部がございます。)

今年は、多事多忙のドタバタ騒ぎの年になることと思います。何がどうなるのかは、どうか私のホームページ「矢島正見わーるど」や一般財団法人青少年問題研究会のホームページをご覧ください。

           令和2年1月元旦 矢島正見(2423)
posted by 矢島正見 at 17:23| 我流雑筆

2019年12月30日

『平成の青少年問題』

 ようやく『平成の青少年問題』が出た。12月23日に出来上がった。予定よりもひと月半の遅れになってしまった。
 10月に学文社から出た日本社会病理学会監修の『社会病理学の足跡と再構成』も生みの苦しみを味わったが、今回も苦しかった。
 編著者は私も含めて3名だが、実際に編集したのは私である。しかも、それだけでなく、本書の論述構成も、執筆者との連絡も、印刷所との交渉も、チラシの配布も販売もほぼすべて私一人で行った。「初出一覧」も「執筆者一覧」も「奥付」まで私が作成した。つまり、通常は出版社の編集校正担当社員と販売宣伝担当社員がすることも私がしたわけである。
 本書は自費出版もどきの本である。ある財団から助成金をいただき、200部限定出版とし、しかも書店や通販を通さない一般財団法人青少年問題研究会直販とした。
 しかし、実に立派な本に仕上がった。320頁ほどの堂々とした書籍が出来上がった。体裁も美しい。これで引退に一歩近づいた。嬉しい限りである。(2422)
posted by 矢島正見 at 00:57| 我流雑筆

2019年12月28日

『コミュニティ犯罪学』

 とんでもない本が献本されて来てしまった。5日間かけてようやく読み終えた。実にしんどかった。
 『コミュニティ犯罪学』、タイトルは魅力的である。しかし、内容は地域次元での犯罪・非行原因論でもなく、地域次元での犯罪・非行統制論でもない。犯罪学におけるコミュニティを対象とした調査研究理論の書である。しかも、ハウツウものではない、理論展開の書である。
 こんな難解な本は、今までの私の研究生活の中で10本の指に入ることであろう。正直「大半はわからなかった」というべきか、「あるところは分かった」というべきか。
 日本の犯罪学者のどれほどの人がわかるのだろうか。私自身は当然のことで、最先端の犯罪学方法論(特に計量分析方法)にはついて行けないことはわかっているが、私より今少し若い60歳以上の研究者であってもどれほどわかるのか、心配である。
 さらに、この書の提言通りにどれほど実際の調査研究がなし得るのかと考えてみると、結局のところ、しばらくは、コミュニティにおける犯罪研究での空間次元と時間次元との分析単位を異にしたスケールでの、統合分析ということに帰着するのではないかと思える。
 私の言うところの社会構造次元と個人の行動・意識次元を媒介するところの生活次元での空間時間調査分析の必要性ということになるのではないだろうか。
 もちろん、理屈だけの仮説提示に終始するような私の研究とは異なった、コンピュータを用いての統計的科学分析データを提示しての科学的根拠に基づいた調査研究方法論である。
 とにかく、本書は今までの生態学研究・環境犯罪学・地域防犯といった、なじみやすい単純なレベルの書籍ではない。
 この書を理解し得て、自ら調査研究し得る若手・中堅の犯罪学者が多数現れることを期待したい。(2421)
posted by 矢島正見 at 19:12| 我流雑筆

2019年12月26日

『教育と法の狭間で―法的アドバイスをもとにした実際の生徒指導事例60』

 『教育と法の狭間で―法的アドバイスをもとにした実際の生徒指導事例60』を読む。まさに学校教育実践の指導書である。平時の際には軽い気分で読めるであろうが、事態が発した際には、再度じっくり読む必要がある、という本である。(2420)
posted by 矢島正見 at 22:02| 我流雑筆

2019年12月25日

孫がじいじを超える

 小学5年生の孫のスイミングにつきあっている。ときどき覗いてみる。私よりも早いし、泳ぎ方が良い。私はクロールと平泳ぎしかできないが、その二つとも超えられてしまった。もちろん、背泳もバタフライも越えられている。
 先日、孫が学校の授業中に解いたという図形問題をやってみた。わからない。小学5年生の問題とは思われない。おそらく中学受験の問題であろう。孫にヒントを与えてもらってやっとできた。孫はそれを自力で解いたわけだ。とうとう、算数も越されてしまった。
 四十年前までは矢島塾の塾長だったのだが…。(2419)
posted by 矢島正見 at 00:49| 我流雑筆

2019年12月22日

冬です

 寒いです。実に寒いです。もう完全に冬です。
 一日の最低温度が4度以下となり、最高温度が10度以下となったら、もう冬です。
 部屋には暖房が必要です。外出には靴用のカイロが必要です。麦酒や日本酒を冷蔵庫に入れる必要もなくなります。日本酒とワインは常温で結構です。(2418)
posted by 矢島正見 at 16:25| 我流雑筆

2019年12月20日

読書感想ばかりですがC(完)

 私は子どもの頃、文章を書くのが大嫌いだった。とにかく「感想文」というのが、どうしようもなくいやだった。
 好きになり出したのは中学一年の時。そして中学三年の夏の終わり頃に日記を書き始めた。それが、高校生になり、芥川龍之介の『侏儒の言葉』を読んで、手記と化した。
 そこからは書くことが私の趣味となった。この「我流雑筆」はその延長である。(2417)
posted by 矢島正見 at 00:44| 我流雑筆